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tome V - 合宿報告4
遠見尾根昭和31年度春季合宿
page 2/2:合宿報告2/2・検討・後記 |
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27日 C1の建設が終ると、 II 、III 隊は大急ぎでB・Hに引き返えしていった。風が非常に強くテントのまわりにはブロックをつんであるが、フノームが入っていないので大部バタバタしている。明日からの天候が気になる。 28日 外へ出てみるとすばらしい快晴。五竜、鹿島、唐松がずっとみわたせる。こいつはすごいと朝食をとり、いざ出発という頃から空模様がおかしくなって来てガスも大部出て来た。今日の我々の任務は白岳迄行ってC2のテント場を調べて来ることである。白岳の下までは何でもないがそこからの登りは木も全然ない急な場所で雪崩がでそうないやな所である。雪は全然しまっていない。稜線に出ると急に風が強くなった。ガスがかかっていてあたりの様子が全然判らない。白岳の頂上のすぐ下にあった道標によって五竜小屋を見つけ下って行った。小屋のそばにはテントが二張あった。どうもテント場はこの近くにしかありそうもないので一応ここにきめて小屋の中で昼食をとり12時20分引返す。白岳の斜面を下って行くと三木さん達の登って来るのに出会った。さらに下へ行くと今日からI隊に加わる高三の大橋さんが出迎えに来てくれた。これてやっとI隊全員がそろったわけである。C1に帰ると II 、III 隊が荷上げした明日のC2建設用具がテントに一ぱい入っていた。明日からいよいよ稜線にテントを張るのである。 29日 快晴。 II 、III 隊の到着をまってC2建設に出発する。稜線に出てみると昨日とは大部感じが違う。昨目選んだテント場はどうやら雪庇の上にかかっているらしい。結局テントは白岳の頂上へ張ることにした。 II 、III 隊が引上げた後、時間もあるし天候も非常に良いので三木さんの映画をとりながら五竜へ登ることにする。途中岩陰から眺めた鹿島槍の雄姿は印象的であった。二年前先輩達が見事東尾根から登頂したことが思い出される。4時20分、期待はずれなほど簡単に五竜の頂上に立つことが出来た。剣、槍、穂高、南アルプス、八ケ岳‥‥…等いつまで見ていてもあきないすばらしい展望である。白岳の方をふりかえると頂上にポツンと黄色いテントが見える。そのテントに下から誰か登って来て又下りて行った。誰れだろうと不思議に思いながら下りはじめる。その途中鈴木が岩の間にピッケルをはさみ石突の所を折って二、三メートル落ちるという事故があったが幸い怪我はなかった。C2にもどるとさっき見えたのは下からラジユースをもって来たのだということが判った。今日は明日の唐松アタックにそなえて早く寝る。 30日 2時40分起床。今日も風は強いが昨日に続いて快晴である。モルゲン・ロートに染まる山々を背景に我々は唐松岳に向った。稜線上は思ったほど雪はなく夏道がずっと続いている。大黒岳もすぎ、いよいよ牛首の難所である。合宿前に先輩から注意をうけた所なので考えたが結局、黒部側をまいて行くことにした。岩を登ったり雪の斜面をトラバースして行くと、ひよっこり唐松小屋の下に出た。この小屋は非常に大きくて立派なものである。入口に良い音のする鐘が二つさがっている。 一休みして唐松の頂上へ10分ほどで到着。ここから五竜を眺めるとなかなか堂々としている。風が非常に冷たく、じっとしているのがつらい。 帰りは牛首の上を通ることにした。左側がスパッと切り立ってなかなかすごい所だ。C2に帰ってみると白岳の斜面を II 隊が登って来るのが見えた。 II 隊は五竜ヘ登る予定である。時間もあるし我々も五竜へ登ってC1に下ることにする。ラジオの天気予報によれば明日寒冷前線が通過するとのことである。明日からの天気が気がかりだ。 31日 やはり天候は崩れてしまった。外へ出てみると相当吹雪いている。今日は五竜へ行く日だが出来るかどうかわからない。しかしとりあえずC2迄行ってみる。雪がつもってラッセルはもものあたりまである。西遠見をすぎたあたりで鈴木が雪庇に片足をつっこんでいためてしまった。白岳の登りは道が判りにくくおまけにピュウピュウ吹きつけるので大変な苦労をした。 II 隊は沈殿していた。15時頃C2を出てC1へ帰えった。 4月1日 昨日ほどではないがまだ風雪である。 一応五竜へ行くつもりだったが鈴木の足も大部悪く又天侯もよくないので、そのままB・Hへ下ることにした。丁度登って来たIII 隊にそのことをつげ B・Hへ下った。B・Hではまず薪取をして夜食の用意を鈴木にまかせて他の三人はスキー練習をした。上と下とでは非常に天候はちがっている。 夜は薪をどんどんもやしてひさしぶりに広々とした小屋に体を横たえた。 2日 天候はいくらかおさまって来た様だ。C1迄連絡に行く。榊原と鈴木はスキーをはいて行ったが結局歩いた方が速い。二人もとうとうスキーをかついで歩きだした。小遠見の下にスキーをデポしC1へ向った。C1には今日C2を撤収してC1の隣リヘ張るという伝言があった。途中迄迎えに行くことにする。西遠見の手前で II 、III 隊に会った。稜線は天気が非常に悪く撤収に大部骨を折ったらしい。テントを張るのを手伝ってから明日唐松アタック後撤収するということを打合せてB・Hへ下った。 天候がだんだん悪化して風がひどい。コンパ用のしるこを煮て眠りについた。 3日 B・Hのまわりでは風もそれほどでもなく日も照っていたのが小遠見の近くへ行くとがぜんすごくなって来た。風が強く雪をとばして眼も開けていられず、視界も悪くなって来た。それが小遠見をすぎてから、ますますひどくなり風で体まで吹飛ばされてしまいそうである。気温も大部低くなっているらしく 顔についてとけた雪がひげの所でつららになるさわぎである。やっとテントが見えた時はほっとした。 II 隊とIII 隊とは沈澱か撤収かもめていたが結局午後まで天候の静まるのをまって撤収することにした。 3月29日 昨日三浦さん参加、佐藤さん不参加でIII 隊は三名になった。今日はC1迄の連絡を変更して我々もC2建設に参加する。 II 、III 隊行きは共に同行動であったが我々III 隊はザックだけの空身なのでB・H迄苦労して担ぎ上げたスキーを、この時とばかりに持参した。天気も良好で登りも気持よく途中の小遠見は五竜、鹿島槍の展望台だ。C1でC2用露営用具を背負い白岳の斜面を登り白岳頂上にC2建設、さて帰る段になって下を見れば隣の八方尾根とは全く違った形の遠見尾根が、うねうねと長く続いて我々の帰るB・Hは一番端にある。斜面を下り西遠見を越えC1着。 II 隊と別れ下りを急ぎ小遠見て坂さん、小田氏が登って来るのに会う。今日はC1に入るとの事。佐藤、萩原はデポしておいたスキーをさっそく履いてサッーとばかりに走ろうとしたが、雪庇の割目に突込んだり危く乗上げかけたりで速度はいたってスローで歩く三浦さんより遅くなってどうにかB・Hに着いて皆ホットする。薪取り、スキー練習の後、飯作り。ラジオの予報が明日は晴で雪崩が多く出るという。 30日 B・H出発10時。今日も稜線迄連絡に終りB・Hに帰る。C1は人気なく、C2に向う。元気が良くラッセルも必要なくC2に2時間で着けた。稜線はさすが風は強いが陽が出ているので気持よい。I隊、 II 隊が五竜の斜面を下りて来る。着く迄ブロックの補修。 I 、 II 隊が着くと唐松、五竜共成功したと聞いて皆、喜ぶ。帰りは昨日と同じ様にドンドン下る。この時より坂さんはIII 隊に加わる。C1で II 隊と分かれさらに下る途中で一休みして夕陽に輝く鹿島槍に向きあってダベル。晩にラジオで聞くと寒冷前線通過であるらしく昼間C2で遠くに長い黒雲の近づくのが見えた。明日の天気が気遺われる。 31日 ラジオの予報通り前線通過、降雪となっており上の方は風雪らしい。正午、佐藤、萩原連絡に出発。C1に着く迄大分ふかれて着いて見ると、五竜に行った様子で帰りを1時間程待つ。来ないので伝言を残して下る。風は強く当分この状態らしく、ますますひどく帰りは中遠見の登りもどこも、何時の間にか過ぎてB・Hに着いたのが17時。朝方、駅に連絡に下りて行った二人も、間もなく帰って来た。明日はC2のテント生活だ。 一週間近いIII 隊の小屋生活も少々厭きて。体が生になった様だから狭くて、空気の悪いまずい飯のある所へ早く行きたくなった。 4月1日 朝起きると外は風雪。今日は個人装備をザックにパックして出発。コースは雪に埋もれてラッセル、C1に着くとI隊がテントより少し先をC2に向っているので、呼び止めてB・Hに下って貰うことにした。鈴木が足を負傷したらしい。C1よりC2の間は新雪が積もりなかなか進まず白岳の斜面を登る頃、降雪と濃霧で前が全々見えず隠れている赤旗に見当を付けて進むが赤旗は埋れて解らない。腰までもぐって交代でラッセルを行い危く雪庇に乗りかけたりして大分時間を費して、どうにかC2に着けた。直ぐテント入りして出て行く II 隊と相談して明日は計画における五竜行きを中止して唐松アタックに変更した。長い聞B・Hにいた為かテントの中が嬉しくてラジュースの音で雪山気分が味わえた。明日の為に早くシュラーフに入る。 2日 2時起床。外は昨日に変らぬ悪天候。天気具合で行くとして飯を食べる。我々は全く運が悪いらしい。7時頃 II 隊が上って来てC2テントをC1迄下ろして明日唐松に行けなかった II 隊と一緒に行くことに決定し、直ちに撤収の準備をして外に出る。テントを撤収してC1に着くと I 隊が出迎えて全員でC1テントの前に後向きにして建設した。そこ迄は良かつたがブロックを積むのを横着した為に夜中から強くなった鹿島槍、八方尾根との両方からの風雪に吹きつさらしになって、フレームの曲りのすごさに一晩中驚かされた。 3日 2時起床。風は一向おさまらずゴクゴウと吹きまくり何とも仕様がなく飯を食うことにする。食事中、ローソクが内張を焼いているのに気付かず大穴を作ってしまい全く大失敗であった。そんな事で四人共クサツテ直ぐに出発できるように準備をして、装備を全部詰めてラジュースにあたって7時半頃・隊が連絡に来ることになっているので待った。 II 隊との連絡はなく昼近くI隊が飛びこんで来た。全員唐松行きを協議の結果13時迄待つこととした。13時になっても一向変わることなく14時、全員て撤収をしてB・Hに向う。 4日 今日は最後なので高一の二人に炊当をやらせる。ひさしぶりの快晴である。朝食後B・Hの大掃除を始めたが前にしなかったので相当時間がかかる。荷物をパックしている所へOBの宗像、菅原氏が来る。今日下山するとのこと。 15時の汽車に乗る予定で11時半B・Hを後にする。スキーで下った者もあったがスキー場上部のヤセ尾根の手前からかついで下る。スキー場のあたりは来る時とは一変し全く春らしく底雪崩や水の流れも見られた。スキー場よリスキーをはき下川氏宅へ着く。小林は金銭関係をすまし直ぐに、バスで三島と四ツ谷の役場の矢口氏に挨拶に行き、 15時の汽車で神城に着き本隊も乗車する。 検討会は代表指導委員の小倉氏と合宿関係者全員で行い、色々と細い事迄検討したが次にその主な事を記す。 行動予定表から検討していくと時間的に無理な点は別になかったと思う。天幕間の時間は最初はかかるが何回も通ううちに非常に短縮されるものである。ただ先発の第二日目の2回目の荷上げがB・H迄行かれなかったのは、悪天候と予定外の荷の為であった。又最も検討しなければならないのは、全体に三日間の沈澱日数を組んでおきながら一日沈澱しただけで4日に下山した事である。2日にC2をC1へ下ろしたのはよいが3日に撤収しないで次の日を待ち唐松岳をアタックすべきであった。食糧と沈澱日数がある限り最後迄計画に従うべきで、この様な事は以後ありがちな事であるから充分考えてから行動する必要がある。次に行動について細かい事を記す。 食料は計画的、内容的に相当充実し今迄の合宿で最も充実したものであったと思う。これはこの一年間係が専門的に毎回行ってきた為であろう。食料だけは高二の係がほとんど行ったが、今後の合宿の様に天幕別三ケ所に分け人員の変動等と複雑化した場合はやむを得ないと思う。
今後の合宿計画、準備において最も注意した点は来年度、部の主力となる高一部員が大いに準備計画の面で常に積極的にやるか否かであった。これは高一部員は合宿経験が少く冬の合宿では全く消極的で、どの係も高二がほとんどしてしまう状態であったので、春山合宿では必ず各係の計画、準備を高一が主体となって行い、それを高二の各係が検討、訂正するようにしたので、高一も一応計画の立て方等を実際に経験することが出来たのは高二になってからの部の主力になる上に相当重要な事であった。 今合宿は行動のポイントを三点とし、法大小屋、大遠見、白岳とし、ここからアタックに出たわけであるが、時間的にみて大遠見のC1から出てもよかったが、後立山の主稜に天幕を出したことは今後の為に相当良い経験となった。天幕間の距離は少々近かったが、高校山岳部としては安全性も考えてこの位が適当ではないかと思う。このような形の合宿では連絡の重要性が非常に問題となるのでよく研究する必要がある。又高一部員は相当しぼられた合宿であったが一年間主体となって動くのに合宿経験の不足を特に補わねばならなかった。それにしても参加者が二人であったということは今後の山行、合宿においてものたりないものを感じさせる。又今度の合宿では地元の観光目的の映画を三木氏が撮影され、我々はそのモデルになったものであるが、合宿の実際の記録を映画として残しておく事も面白いと思う。 とにかくどうやら無事に目的を果し得たのは全員の努力の結晶である。この合宿を足場により高い山行へと発展して行く様に力をつくさなければならない。 この合宿にあたりお世話になつた神城の下川盈泰氏、白馬村役場観光課長の矢中氏に重ねて感謝致します。 page 1. 合宿概要・合宿報告 1/2
I 隊行動日記

III 隊行動日記

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検 討1、 計画・準備に関して
2、 行動に関して
3、ルートに関して
4、食料に関して
5、 団体装備に関して
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後 記

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page 2. 合宿報告2/2・検討・後記
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