tome VI - 合宿報告1


 

大唐松尾根から白峰三山縦走

昭和32年度春季合宿
小林隆志


page 4/4 [行動記録 (ii)]

4月1日(晴後快晴)

[I隊] 今日はI隊は農鳥岳アタックを行ない、縦走隊は農鳥小舎へ入る予定である。夜中から猛烈な風が吹きまくり、ブロックは風上から天幕にドスンドスンと当り、全く眠れたものではなかった。しかし明け方から晴上り昨日と同様絶好のアタック日和りとなった。まずI隊が7時半に出発し、昨日引返した地点迄1時間で着いた。そこから再びナイフリッヂ状のヤセ尾根を登り、アスナロ沢の上部の広い尾根に出た。この辺は岳樺がまばらに生え、迷いそうな処である。いよいよ農鳥岳の大斜面に取付いた。所々に赤布をつけながら斜面の左側を直登した。傾斜はかなり急で堅雪の上に新雪が10センチほど積っている。アイゼンをきしませて一歩一歩高度をかせいだ。200米ほど行った所に岩石地帯があり、それを越えるとまた尾根状になっている。上へ行くほど下の雪は堅くクラストしている。最後の急な広い斜面を登り東農鳥の肩につき、100米ほど稜線を登ると頂上に着いた。11時15分である。快晴であるが時々雲の去来が激しい、中央アルプス、塩見、赤石、荒川方面の山々もよく見える、特に塩見岳のバットレスは豪壮そのものである。11時半下山しはじめる。下で縦走隊が叫んでいる声が聞こえる。岩を過ぎた辺りで縦走隊と出合い、共に昼食を食べた後健闘を誓って別れた。

全く暖い午後である。下着一枚でC2迄下った。C2にはIII隊が着いていた。撤収の打合せをしてから、3時C1に向って飛ぶように下って行った。1時間15分でC1に着いてしまった。

[III隊] 夜通し強風が小舎の戸を打っていた。3時に一旦起きたが雲は小舎の真上まで降りて来て、依然として風は強い。様子を見ているうちに風も弱まり、晴間も見え出したので、BH用器具をまとめて残し、個人装備をまとめてC2へ向った。C2でII隊の三浦氏と横田の二人と合流した。

[縦走隊] 昨夜7人も天幕に寝たのできゅうくつで少々寝不足である。夜中にはすごい風で、テントがバタついていたが、明けて来るにしたがっていくらかずつおさまって来た。予定では出発は4時でI隊が縦走隊をサポートして農鳥小舎迄行く筈であったが、天候の回復を待っている間に7時もまわってしまったので、I隊はラッセルをしながら先に農鳥岳アタックに向い、縦走隊は40分ほど遅れて出発した。森林帯の中なので背中の荷物が枝にひっかかり非常に歩きにくい。おまけにI隊のラッセルした跡も、重い荷を背負っているのでもぐってしまい大変苦労した。

農鳥岳の頂上の方でI隊の叫び声が聞こえた。どうやらアタックは成功したらしい。それに力づけられて登り続けた。農鳥岳の最後の斜面にとりついた時、上から下りて来たI隊と出合った。頂上は無風、快晴で素晴しい展望だそうだ。昼食を共にして互に無事を祈りながら上と下とに別れた。一時間程で東農鳥の頂上に着いた。しばらく休んでから西農鳥へ向う。西農鳥岳はすぐ近くに見えるが、かなり時間がかかった。夏道が相当に出ているのでそれにそって進んで行った。途中間の岳と西農烏とのコルに雪にうまった農鳥小舎を発見した。自然に足も早まって来る。西農鳥をすぎ、途中一寸ピンチな所もあったが順調に小舎の前に達することが出来た。三時頃になっていた。小舎の戸は雪で大部分うまっていたが、雪がやわらかかったのでスコップ、ナベ等を動員して30分ほどで中に入れる位開くことが出来た。小舎の中にも雪はかなり入っていたが中央の所だけ板の間が出ていたので、そこにツェルトザックをしき、シュラーフの足の方をザックの中につっ込んで、上からグランドシートをかぶり、あるだけのものを着込んで寝ることにしたが、この日の夜は本当に寒い夜であった。



4月2日

[I隊] 今日はC2への連絡だけなのでゆっくりする。10時にC1を出て一時間半でC2に着いた。高曇りであるが風は強い。2時半迄待ってIII隊が帰らないのでC1に下ることにした。区間新記録を作るために猛烈にとばし45分でC1迄着いた。

[III隊] 2時に起床。風は強いが天気はまず大丈夫のようだ。5時にアイゼンを付けて出発した。懐中電燈を頼りに二、三のピークを越える内に夜が明けて来た。朝日に映える白峰三山。振り返れば薄紫色の雲海の彼方にゆったりとそびえる富士山。思わずうっとりとするような景色だ。夜が完全に明けるころ、我々の前面に農鳥の急斜面が立ちはだかった。遮二無二登って農鳥頂上に立った。相変らずの強風にいやというほど吹かれた後農鳥小舎にもぐり込むことが出来た。天気が安定しているので間の岳迄足を伸ばすことにした。間の岳の頂上で縦走隊が雪上に書き残した激励文を読む。頂上の近くに穴を掘って風をよけ、缶詰を食べた後、3時近く全員無事にC2に帰りついた。夜はアタックの成功を祝ってコンパ。気がつくと12時近くになってしまった。あわてて寝る。務めをはたした後の眠りは全く安らかだ。(写真:間ノ岳より北岳へ)

[縦走隊] 風は強いが晴れている。甲府の方へ向って雲海が素晴しい。今日は一日素晴しい展望が楽しめそうだ。6時45分農鳥小舎を出発し間の岳へ向った。大体夏道のある辺りをルートに選んだ。雪はしまっていてアイゼンが快適にきくが、所々岩の間のやわらかい雪にもぐってしまう時がある。同じような単調な場所がくりかえして出て来るので、ガスっている時には非常に迷い易いだろう。

8時10分、間の岳に着いた。間の岳の頂上は風がすごい勢いで吹きつけている。雪が吹き飛ばされて来て顔に当り痛くてしかたがない。昭和30年の夏、塩見の方から縦走して来てやはりここで一休みした。今又同じ場所に立ってみると、その時のことがつい昨日のことのように思い出されて来る。間の岳から中白峰迄は小さく登り下りを繰返しながら次第に高度を下げて行く。雪でガラガラした岩が大分うまってしまっているので夏よりよほど歩き易い。中白峰をとばし、北岳小舎への分岐の少し手前で一本立てる。ここ迄来れば後は北岳の登りだけである。頂上から15分位手前の吊尾根への分岐点に着いたのは予定より大分早く10時半であった。ここでミカンの缶詰をあけて一息入れ、ザックをそこに置いて北岳の頂上に向った。頂上に立ったのは11時25分であった。遥々やって来て北岳の頂上を足下にした瞬間は感激であった。これ迄の苦労もみんな吹きとんで、体の底から大きな喜びが湧き上って来た。頂上では360度の展望を楽しんだが冷たい強風が吹きまくっているので追いたてられるようにしてザックを置いた場所に戻って来た。吊尾根には砂原の頭附近に天幕が張ってあるのが見える。分岐点から北岳の横腹を横切って下って行くと今回の縦走最後の難関である八本歯に出る。背中の荷物がじゃまになるので一寸苦労したが無事ボーコンの頭に着いた。そこから見る北岳.バットレスはすごい迫力である。特に中央稜は黒々とした岩肌をむき出して頂上ヘガンと突上げている。我々はその素晴しさに見とれてしばらく立ちすくんでいた。(写真:北岳山頂にて)

砂原の頭迄は小さなコブを登ったり下りたり、大唐松尾根等を眺めながら気楽に下って行くことが出来る。ここではじめて他のパーティーに出合った。高林の話にあった立正の山岳部らしい。砂原の頭でアイゼンをはずし下の森林帯へ急ぐ。下から10人以上のパーティーが登って来た。森林帯に入ってから遅い昼食をとった。もう池山小舎迄いくらもない縦走は終ったようなものだから、自然にうれしさがこみ上げて来て足どりも軽やかである。しばらく尾根を下りそれから左へ折れて平らな林の中をいい気持で池山小舎へ向う。やがて樹間にチラリと小舎の屋根が見え、ほどなく3時に小舎の前にたった。この小舎は外観は良いが中は非常にきたない。今夜は我々だけしか泊らないらしい。



4月3日(高曇り)

[I隊] 今日は全員がBHへ集結する日である。I隊はC1を撤収しBHへ下る。荷が重いので少々もぐって歩きにくい。沢を下る所は下が凍っていて皆よく滑る。I隊はこの区間はなれていないので大分手間どってしまった。12時半やっと河原に出て久し振りに真水を飲んだ。縦走隊は大分早く荒川小舎についたらしく我々を吊橋の所まで迎えに来てくれた。5時頃にはIII隊も下って来て全員無事に予定通りBHに集結出来た。縦走隊以外は大分疲れているので早目に消燈。BH用の装備が大分盗まれていたのは非常に残念なことだ。夜は雨が降りそうな生暖い天気で明日が気になる。

[III隊] 天気は高曇り無風の絶好の撤収日和りである。C1迄の道は以外に悪く谷に落ちる者続出である。C1からは通いなれた道だ。途中I・II隊諸氏の出迎えをうけてBHに入った。ひさしぶりに全員一堂に会し、無事を喜びあって笑いが爆発した。

[縦走隊] 今日はBH迄下るだけである。気にかかっていた縦走も無事に終り、ホッとした気持で7時迄ぐっすりと寝た。池山小舎を出発したのは10時15分前であった。林間のゆるい傾斜のダラダラ板をのんびりと荒川小舎へ向う。しばらく行くと道は右側に折れて急なつづら折となる。この辺になると雪は少なくなり、所々凍りついて非常に滑り易くなる。なおも下りつづけると雪はすっかりなくなり、膝がガクガクして来る頃川の流れが近付き、ひょっこり荒川小舎の上に出た。

小舎には未だ誰も下って来ていない。とにかく非常に暑いので川に行き裸になって体をふいた。非常に良い気持である。気がつくと川原の雪が随分消えている。木の芽もふき出し本格的な春になったことを感じさせる。



4月4日(晴)

最後の雑煮を食べてパッキングを開始。小舎の前で全員で記念写真をとり7時出発した。河原を歩き野呂川の吊橋を渡りワシノ巣山の登りにかかった。ケーブルのある展望台で小休。全く良く晴れ、北岳と間の岳が実に素晴しい。少し下って、バス道路に出る。鹿島建設の事務所にお礼を述べ、観音、夜叉神トンネルをくぐる。トンネルを出た所で昼食をとった。芦安部落のバス停留所についたのは12時10分前であった。12時35分発のバスに乗り甲府へ向う。甲府で在京連絡本部に電報を打ち、5時32分発の新宿行に乗り、新宿着は9時過きであった。到着のホームで今回の合宿を無事解散することが出来た。


BH撤収の日



page 1. 合宿概要
page 2. 準備内容
page 3. 行動記録 (I)
page 4. 行動記録 (II)

1957年の活動記録も併せてご覧下さい。



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