[chronicles]



1949年度山行記録

笠原達雄


1949年(昭和24年)3月〜4月

  • 神ノ川合宿
    本合宿は前年に引き続き神ノ川方面の総仕上げのため行はれた。この第三回の合宿をもって神ノ川研究は一応打ち切られた。本合宿は隊員などの不慣れと、思はぬ雪になやまされて所期の効果を挙げ得なかった。
    • 合宿調査:笠原・内田
      • 3月18日。橋本(バスにて)〜青根
      • 3月19日。出発(7:55)〜社宮寺沢(8:55-9:40)〜エビラ沢(9:45)〜大セド(10:11-10:14)〜長者舎(10:20)〜山の神(10:45-11:06)〜長者舎(11:25)〜エビラ沢(12:05-13:35)〜青根
    • 合宿:リーダー笠原、隊員・佐近・内田・後藤・栗屋・和田・青木・大橋
      • 26日。東京出発青根着(16:05)〜小セド(17:40)泊
      • 27日・曇後雪。出発(5:35)〜小セド(5:45)〜大セド(6:20)〜山の神(7:50)
      • 28日・曇時々降雨、雪を見る。日影沢から犬越路に行かんとしたが雪のために犬越路の寸前で引き返す
      • 29日・曇。広河原〜岩水沢まで
      • 30日・晴。山の神〜長者舎〜鐘撞山〜黒岩〜山の神
      • 31日・雨。B班・帰京
      • 4月1日・快晴。出発(8:45)〜長者舎(9:15)〜分岐(9:20)〜鐘撞山経由〜鉱山(10:20)〜大群山三角点(16:12)〜ツメ上(16:23)〜大渡(17:20)〜野原の橋(17:30)〜神ノ川河原(18:32)
        快晴大群山に向かった。鐘撞から尾根づたいにねらふつもりが薮の為、貝沢上部に出て山頂に達した。帰途は一度道志川へ出てから神ノ川に入った。既に日はくれ暗黒の中を八時半頃山の神のお社に到着した。
      • 4月2日・晴。帰京
  • 丹沢表尾根(4月28日〜29日)新人歓迎の為、参加人員10名
    • 28日夜、小田急最終にて大秦野下車。ミノ毛にて夜をあかす。
    • 29日・晴。ミノ毛出発(5:00)〜ヤビツ峠(5:43-5:50)〜富士見(6:15)〜三ノ塔(7:50)〜行者岳の下(8:30-8:35)〜心大日山(9:07)〜塔ヶ岳(9:45-13:00)〜金冷シ(13:25)〜花立(13:28)〜茶ヤ(14:20)〜渋沢(16:30)

1949年5月

  • 仙丈・駒ヶ岳(5月18日〜23日)リーダー笠原、隊員:吉田・小川・内田
    • 18日。新宿発(21:30)準急松本行
    • 19日・晴。辰野(4:08-5:19)〜伊那北(5:50-6:10)〜高遠(7:00-8:00)〜戸台口(8:45)〜軌道始発点(9:10-10:35)〜軌道にて〜戸台(11:20-12:15)〜長衛小屋のカギを借りる〜赤河原(17:30)〜北沢峠(20:10-21:05)〜北沢小屋(21:25)
    • 20日・雨のため沈殿
    • 21日・快晴。出発(5:40)〜北沢峠(5:47)〜休止(8:10-8:20)〜アイゼンをつける(8:25-8:45)〜小仙丈(9:05-9:20)〜仙丈岳(10:25-11:45)〜小仙丈(12:30)〜休止(12:45-13:40)〜野呂川北沢(14:00)〜北沢小屋(14:15)
    • 22日・晴後曇。出発(7:20)〜仙水峠(8:10-8:25)〜駒津峯(9:22-9:40)〜六方石(10:03)〜駒ヶ岳(10:40-10:55)〜六方石(11:18-11:25)〜駒津峯(11:45-12:05)〜仙水峠(12:35-12:40)〜北沢小屋(13:20)
    • 23日・小雨。出発(6:08)〜赤河原(7:14-7:20)〜鋸岳への分岐点(7:35)〜長衛氏宅(9:50-10:00)〜途中軌道にて〜戸台口(12:10)

北沢小屋にて

小仙丈頂上にて

仙丈岳にて

仙丈より北岳・間ノ岳

仙水峠にて

駒ヶ岳にて


1949年7月

  • 南アルプス南部合宿(赤石・聖)(7月18日〜25日)リーダー:笠原、隊員:内田・佐近・大橋(飯島・真野)
    主要な目標として聖岳をねらった。夏の合宿として南アルプスを選んだのはこの時が始てである。
    • 17日。新宿夜の準急で出発
    • 18日・晴。伊那大島から三時間たらず山峡の細い道を小さなバスで落合につく。
      落合(10:07)〜小休止(10:30-10:50)〜トラックをつかまえる〜大河原(10:55-11:15)〜昼食(11:25-12:25)〜小渋湯(17:00)
      夏の日に重荷をしょって暑さに困惑する。
    • 19日・雨。起きて見ると、しとしと降る雨。出発(7:00)すぐさま渡渉がはじまる。深い所は腰位、雨にぬれ十数回の渡渉をくりかへすうちに体中の感覚は失はれる様であった。12:15 広河原小屋着。
    • 20日・小雨。出発(6:30)小屋からすぐに上りになる。大聖寺平(12:30)〜荒川小屋(13:10) - 15度位傾いた小屋の床板は半分以上羽目をいくらかはがされ、窓には何もない。雨がもるので小屋の中に天幕を張る。夕方晴れてきた。夕ばえの富士山の多彩な色の変化は実に微妙で美しい。
    • 21日。朝はやはり雨、しかし9時頃から雲が動き始め、風にふきはらはれる様に上昇しはじめたと見る間に晴れて来た。そこで出発(10:10)〜大聖寺平(10:42-10:47)〜小赤石岳(11:45)〜赤石岳(12:25-14:10)〜百軒洞山の家(17:05)
    • 22日・快晴。聖岳往復
      山の家(5:55)〜稜線(6:35)〜中盛丸山(6:45)〜中・兎鞍部(7:30-8:00)朝食〜兎岳(8:47-8:50)〜兎聖鞍部(9:32-9:37)〜前聖岳(10:33-11:56)〜聖兎の鞍部(12:30)〜兎岳(13:18-13:30)〜兎中鞍部(14:18-15:15)〜中盛丸山(15:45-15:50)〜小屋への分岐点(16:00)〜山の家(16:27)
    • 23日・快晴。百軒洞山の家発(8:47)〜百軒洞野営地(9:12)〜赤石岳・百軒平鞍部(10:45-11:00)〜赤石岳(12:35-14:00)〜荒川小屋(15:30)
    • 24日・晴。出発(9:30)〜荒川岳(10:50)〜悪沢岳(12:20)〜二軒小屋(19:00)マンボウの頭の手前で右に入りすぎ悪沢下部に下ったため思はぬ時間をとってしまった。
    • 25日・晴。出発(7:00)〜転付峠を経て荒倉着(11:00)〜バスにて身延帰京
      (百軒洞山の家は玄関一坪位を残して屋根が全く失はれてしまっていた)。

  • 山中湖合宿(7月24日〜30日)
    • 目的:中学生に対する訓練
    • リーダー:後藤
    • 部員:三橋・小川・大野・武内・松田他一名
    • 先輩:小倉・成瀬
    • 24日。新宿発(9:50)〜富士吉田〜山中湖洗心寮(15:00)
    • 25日。マラソン(旭が丘まで)
    • 26日。山中湖横断(船)〜太平山〜石割山〜平野〜(船)洗心寮
    • 27日。富士登山(吉田口より)七合目泊
    • 28日。七合目〜頂上〜須走〜帰寮
    • 29日。旭が丘花火見物(休養)
    • 30日。帰京

1949年8月

  • 北アルプス奥穂高岳(8月14日〜18日)笠原・内田
    • 14日。夜行新宿発
    • 15日・晴。バスにて河童橋(9:05-9:10)〜徳沢(10:55-11:18)〜涸沢テント場(16:20)
    • 16日。雨のため沈殿
    • 17日・曇。涸沢発(6:30)〜穂高小屋(8:30)〜奥穂高岳(9:20-9:40)〜涸沢(11:50-14:00)〜徳沢(17:30)
    • 18日。徳沢〜河童橋(バス)〜島々〜松本〜帰京

1950年1月

  • 富士山(1月9日〜11日)参加者不明
    • 目的:冬期合宿の予備訓練
    • 9日。新宿発(4:30)〜富士吉田〜五合目中央ホテル(14:30)
    • 10日・晴。五合目〜八合五勺〜五合目
    • 11日・雨。五合目・富士吉田〜帰京

1950年2月

  • 川苔山 笠原・内田・三橋
    • 第一日。夜新宿発〜氷川〜氷川山荘泊
    • 第二日。氷川山荘〜川苔谷〜川苔山〜獅子口小屋〜川井・新宿
      雪は東側・北側斜面に15センチから30センチくらい積もっていた。天気は快晴。

1950年3月

  • 春季合宿(仙丈北沢小屋にて)(3月28日〜4月3日)
    • 参加人員二名:笠原・内田。先輩:中村・飯島両氏のご参加を戴く。
    • 28日。夜行(23:55)新宿発車中は相当の混雑を見せていた。
    • 29日。戸台口でバスを降りると再び五月のあの道を歩きだした。まだ浅い春の薄らさむい日ざしの中をポクポクブラブラと戸台着。長衛さんの所でその夜は泊まった。
      戸台口(11:00)〜この間昼食に一時間〜戸台(14:00)〜長衛宅(14:25)
    • 30日。天気はあまり良いとはいへず朝方は小雨もちらついていた。8:00 出発、戸台川の長い長い河原を歩いていった。赤河原を過ぎ八丁坂にさしかかると雪が見えてくる。凍っているのでアイゼンをつけ登行をつづけた。雪はヒザとクルブシの中間位までもぐるがラッセルのあとがあったので比較的容易に峠へ出た。小屋には先着者三名。
      出発(8:00)〜赤河原(10:40-11:50)〜北沢峠(15:15)〜北沢小屋(15:30)
    • 31日・風雪。午後雪のやみ間を見てスキーを楽しんだ。
    • 4月1日・曇後晴。風強し、峠からは殆ど夏道通りに尾根通りをのぼって行く。 ワカンでヒザ位までの中を小仙丈直下にたどりついたが、この頃から風速15米位瞬間的には7、80米位の烈風が吹きすさびやむなく退却した。帰路は尾根を右に下ってスキー沢下部から北沢へ出た。
      出発(6:00)〜小仙丈の直前(10:00)引きかへし〜(この間昼食45分)〜小屋着(13:30)
    • 2日。笠原・飯島両名は予定の為帰京。今日は前日のガスもなく高曇りの空からは薄日ももれている。未明の峠からはまだ凍っている雪をふみしめ登っていく。前日のラッセルの為快調に足がはこびやがて小仙丈岳へ出た。 三山も塩見・赤石とつづく山脈(やまなみ)も雪をかぶってなつかしさを覚えるものがある。稜線づたいに仙丈本峯へ、天龍の谷ごしに北・中央アルプスの山々ものぞまれた。再び小仙丈、駒ヶ岳には何かしら登高欲をそそられる。 スキー沢をグリセードを飛ばし小屋へついた時はまだ二時前であった。
      出発(5:45)〜小仙丈(8:15〜8:40)〜仙丈岳(9:50-10:10)〜小仙丈(11:30-12:10)〜小屋着(13:40)
    • 3日。駒へ登ることは東京に残して来た予定の為やむ無く断念して帰京



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