先生も言わせてもらおう [teachers]



[野本先生の部屋] 2001



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[先生のお話]

 先生からのメッセージです



■ 2001年度 冬(中学)合宿 感想    野本 勇  [2001/12/28]

昨日より、中1の藤森君と新たに参加した中2の松江君とで、奥多摩三頭山にミニ合宿を計画し無事下山しました。高校生は増子先生と鳳凰三山にいってきました。

今回、私はクラス旅行もあるので山には行かないつもりでしたが、新たに中2の松江君が山岳部に入ってくれましたので何とか山に連れて行ってやりたいのと、中1を雪山に参加させるのはどうかと思い、中学生に雪の無いところに計画させました。松江君には初めての山行で靴からザックまで買わせるのは酷なので、以前山岳部OBから頂いた靴・シャツ・その他もろもろの道具を貸したところちょうど良かったので、彼はヘッドランプなどほんのわずかなもので済んだようです。OBに感謝

最初の計画では、もう一人中1が参加する予定でしたが、27日がどうしても都合がつかずに参加を断念しました。

12月27日

 9時に立川駅集合でしたが、当日朝のニュースで青梅線がポイント故障で大幅に遅れているとの情報が入り20分ほど私は家をでる時間を早め、立川の駅に向かいました。駅では1時間以上も電車が遅れているのと、発着ホームが時間にならないと分らないという状態でした。2人がもしも遅れて来るようだと、奥多摩駅のバスに間に合うかどうか不安になっているところへ、時間通り2人が見えました。1時間遅れの電車が発車するアナウンスで飛び乗り最終的には計画通りの時間で奥多摩駅に着きバスに乗れてほっとしました。2人とも朝のニュースは聞いておらず何も知らずに家を出たとのことでした。・・・・・家を出る前に天気予報ぐらい聞いて来て欲しかった


奥多摩の山は・・・年ぶりですので新鮮さが有りました。天気もよく風も穏やかなのでドラム缶橋を渡るのに物足りなかったです。(風の強い日に渡って怖かった思い出しかなかった)取り付き点からイヨ山まで快調に飛ばし暑いくらいでした。イヨ山を過ぎてから北側斜面にいくらか雪が出はじめ、道も霜柱を踏み締めて歩くようになりました。オツネノの泣坂ではかえって登山道が凍っていたので歩きやすかったのですが、私は少々バテ気味・2人は快調(少しは寒かったようです)予定の時刻4時には山頂に着きましたが、あたりは薄暗く早々と避難小屋へ(3人ほど中年の客がいましたがウルサイの)6時には食事もおわり(もちろんカレーと味噌汁で、漬物を自宅に置き忘れた)松江君いわくこの後何をするんですか・・野本・・寝るだけ・・・早過ぎて寝られそうも有りません・・・シュラフに入って朝まで 禅の 境地でいなさい。・・・藤森は12時間ぐらいいつも寝ているとの事でシュラフの中に潜ってしまった。


12月28日

 朝6時起床のはずか、6:30にやっと起きる(起こそうかと思ったけど特に急ぐわけではないのでそのままに)私は外に出て赤い富士山を見にいったが寒いのでそく小屋の中に・・・松江に富士山見た・・・寒いので外には出てません・・・・8時に体操後に出発。

奥多摩の山らしく、快適な稜線歩きで快調に飛ばし西原峠へ、北側の斜面に入り霜柱の上に薄く雪が残っていました。見ると彼等は快調、でも足を引き摺る野本がおりました。

下山したところに温泉があるので楽しみにはしていたのですが、藤森曰く、先生26日から休みです。バスの待合わせもそれほどなく五日市駅へ

松江君は初めての登山靴に少々足が当たって痛がっていました。楽しめたかな・・・・

追伸

1月2月は、野本・増子ともども忙しく彼等となかなか山につきあえないので、どなたか彼等(特に中学生)を山に連れて行って下さいませんか。上級生がしっかりしていればこのような心配が無いのですが、高校生は自分たちだけで精一杯だと思いますので




■ 2001年度 夏合宿 感想    野本 勇  [2001/7/29]

全体の反省会は9月の学校が始まってからなので、正式な反省会資料はリーダーを通して出されると思いますが、気になったことなどを私の反省資料としてまとめてみました。

はじめに

準備段階で、ここ数年は学校(生徒委員会)に届けなければならない合宿計画書の提出が遅れ、毎回生徒委員会の先生に迷惑をかけており、そろそろ私の堪忍袋が切れる寸前でした。提出期日までに計画書を持ってこなければ、今年度の合宿は中止させるつもりでした。かなり前から合宿計画はどうなっているか尋ねると一応、東北の山がいいとか、有名な山に登りたいとか具体性の無い話は聞こえて来ました。・・・計画書が遅れても、いつもの通り 野本さん がなんとかやってくれるよと話しているのが聞こえて来ました・・・・この時点で実は私は山岳部の顧問をヤメル決心がつきました。

しかし新しく中1(荻原・藤森君)が入部したのと、今年になって入部した高1の生徒と中1まで合宿を取り止めたのでは可哀相なので(ここが私の甘さで、前記の何とかしてくれるに繋がっているのかも)、ひそかに、高1のT君に中1を中心とした北沢峠のキャンプを計画させていました。

なにを察したのか、期日前に完全ではないにしろ、朝日連峰縦走の計画書を私の所へ持って来ました。ヤルキも少しは見せたので、T君には悪かったのですが、中1も含めて全員で合宿を行えるように、少し手直しを行わせて計画書を書き直させました。

・・・・このやり取りの一部が保護者の方に少し誤解を与えてしまいました。・・・・

計画を変更させた点は、中1も参加させるために途中で停滞日を設けること、一日の行動時間を少なくさせることでした。幾つかのアドバイスやらお叱りを受けましたが、今までの山行を見直すと、一日の行動時間が長く短期間に縦走して来るというのが多く見られました。それでは山を楽しむどころか頂上に登ったという事しかなく、自宅にたどり着くころには疲れはてて、次の山行計画が進まないと思いました。 そこで日数が長くなっても一日の行動時間を短くし余裕をもたせることにしました。中1の山行日数が長くなりますが、ワンゲル部などは中1でも10日前後は合宿に参加させても何等問題のないことを確認しましたので、問題がないだろうと思いました。(少々の不安はありましたが)

問題点は、高1の荷物が増える(主に食料)事でしたが、できるだけ軽量化すること、初日を登山口でテント泊、及び初日の食材を現地で購入することで計画書ができ上がりました。その後、成田君が遅れて参加すること、谷口君が早目に下山しなければならないことが生じ、岩佐先生、増子先生がそれぞれ引き受けてくれました。

7月23日 合宿初日 東京駅集合(銀の鈴前) 朝 8時 大きなザックを背負っての電車はこたえました

集まりが早かったので、予定の電車より早目に乗り、それも予定では福島で乗り換えとか言っていたが、直通電車で乗り換えなし、山形駅で1時間以上時間が取れました。

・・・山形駅まで新幹線が通っているのに、何で福島駅で乗り換えなければならないのか未だに分りませんが → もっとしっかり時刻表を調べてほしいものだ

駅前からジャンボタクシー(人数が多いときは便利ですね)で朝日鉱泉へ、朝日連峰は特別保護地域ということでテント泊が禁止されていますが、小屋の主人のご厚意によりヘリポートに張らさせてもらいました。・・・高校生かと聞かれて返事すると、大きい声では言えないがという前置きがあってから場所を教えてもらいました

テント設営で四隅にペグを打込まないので聞くと、ペグを忘れたとの事・・・今のテントは底が一体なので内に人が入れば余程の事が無い限り飛ばされることは有りませんがね。・・・この場では河原の石で何とかなりましたが、また縦走中はテントが禁止なので・・・・・

今日の夕食は、焼肉で豪華ということで期待したのですが、いきなりアルマイトの鍋に肉を放り込むではないですか ? 油は・・・・・聞くところによると、自宅で焼肉をするときは、油をひかなくても済むようにホーロー引きのフライパンでした・・・・

結局焼肉のタレを少し薄めて、すき焼風にし御飯の上にかけて頂きました、始めからこのようにすれば・・・さすが・・で良かったと思うのですがね。トウモロコシは生のまま鍋の上で焼けばOKと思っていたようです。(自宅では時間もあるし、ガスコンロの火力も強いのでかまわないのですが)

☆ 食事も済んでお茶でも沸したらというところで、ガスカートリッジの軽いこと、大型ボンべ一本分無くなっているではないか、この後どうするの・・・はじめて非常パックの燃料を用いるか・・・生徒にもちろん言いませんでしたが、私のボンべ、途中で上がって来る増子さんのボンべを期待して、途中の行動はできる限り燃料を節約することで合宿を続行させる事にはしましたが、もし冬合宿ならばこの時点で即中止下山しかありませんでしたね。

生のトウモロコシをそのまま生ごみとして持ち上げるのは、馬鹿らしいので小屋の主人に食べてもらいなさいと小屋に持って行かせました。そのついでにもし、小屋にボンべが売っていたら購入するしかないね。結果として、ボンベを抱えて来たので購入したのか聞くと、小屋の主人がトウモロコシと交換してくれたそうで・・助かりました。


7月24日 少々曇空で 今日の樹林帯のコースを考えると、晴れているよりはうれしい天 気です

つり橋を渡りいよいよ山行の始まりです。・・・この所の運動不足がこたえて始めからバテ気味で参りました。 ・・・・今日は最初の計画では、大朝日小屋なのですが、この数年の山行で標準的なコースタイムを何時も大幅に上回っているので、鳥原小屋に9時を大幅に超えるようならば、行動を打ち切り行動時間が短く、次の日の行動時間が長くなるが鳥原小屋で打ち切ろうとリーダーに指示しました。3時間程度歩いたころ、雲行きが怪しくなり、雨がパラパラ落ち始めたので、雨具を着ました。・・・もう少しで鳥原小屋に着くので我慢をしようかとも思いましたが・・・・雨の中歩き始めて10分ほどで小屋に到着、時間的には9時30分と早かったのですが、この先稜線に出るのと、風が大分強くなったので、今日の行動を打ち切りました。大正解でこの後、かなり風雨が強くなりました。・・・・時間がたっぷりあるので、お茶を沸せて飲もうかと思っても燃料が足りない・・・・彼等はゲームの話とトランプに夢中でした。




■ 春合宿を終えて [2001/3/25]

2001年 春合宿 ( 21日より24日 )の簡単な報告をお知らせします。反省会の資料としては4月の中旬にならないと出ないと思われますので、私(野本)から感想を述べておきます。

谷口君と成田君を新たに加えて、奥秩父の雁坂峠から甲武信岳を越えて十文字の縦走を計画。

最初この計画を聞いたとき、天候次第では特に問題は無いだろうと計画を進めさせました。しかし、前日に寒気団が入ったり、準備の出来の悪さに十文字までは無理かと思われましたが、新しいメンバーも入り、少しはクラブらしくなりましたので、せめて甲武信岳は登らせたいと思い、合宿当日を迎えました。

・ 21日 朝6時30分発甲府行きに乗車し塩山駅下車、雁坂峠入り口までバスでした。バスを降りて、雪の多さにあぜんとしました。でも、雁坂峠への途中にテントが張れる程度の場所は有るだろうと歩き始めましたが、ここで、彼らのトレーニング不足を感じました。30分程度歩いて、最初の1本は良いとして、その後も30分で10分休憩には、少し抵抗を感じましたが、私も久しぶりの歩きなので・・・・・
 そのうち、小さな沢を渡るときに、谷口がスノーブリッジを破りあわやびしょ濡れになるところでした。結局、雁坂峠まで行けずに、最後の沢を越えて急登に入る前でテント設営。

・ 22日 何と4時30分起床の予定が、外が完全に明るい6時30でした。その後ももたもたと出発が8時30分、雁坂峠に着いたのが11時近く、今日の予定では甲武信小屋だが、この調子では、西破風山を越えた避難小屋まで行ければと思いつつ登りましたが、結局東破風山を越えるのがやっとでした。でもさすがに30分歩いて10分休憩から45分歩いて10分休憩になり、少しずつ合宿の山行になってきた。残念ながら、成田の歩きが不調になってしまった。原因はズボンがびしょ濡れになって来たことと、靴ヅレを起こしてしまったこと。数日前に借りた靴なので充分に慣れていなかったのが原因のようだ。

・ 23日 今日も4時30分起床の予定が5時と朝から出遅れてしまった。良かったのは、体が大分慣れて来たと見えて、45分ペースがある程度出来てきたこと。西破風山の下りが急斜面で雪が堅かったので、アイゼンを着けさせた。サイノ河原の分岐点で、十文字を越えることは不可能に近いので、甲武信小屋で設営の予定だったが時間の問題も有り、戸渡尾根を下ることにした。小屋までは行かずに、雪が多いことをいいことに分岐点で設営することにし、甲武信岳までアタックすることにした。さすがにカラミに近いザックでの行動では、私は彼らについて行くのがやっとだった。(彼らは若く、パワーを感じます。)
 テントに戻ってから、水造り夕食の支度とテントの中はメチャメチャだが、何をすべきなのか少しは分かってきたような感じを受けました。

・ 24日 前日の就寝がすこし遅かったので、朝ものんびりと撤収して8時30分に下山を始めました。合宿最終日の下山と来れば、私の歳になれば皆に黙ってついて行くのがやっとなので・・・と思った瞬間にザックをしょったまま時間ばかりが過ぎて行きました。さすがに佐藤はどんどん降りて行くのですが、成田の靴ヅレがひどくスピードを上げられずに、お昼過ぎには西沢渓谷に着くだろうとのんびりと歩きました。しかし、残雪が林道まで続き下山に時間がかかり、バス停についた時は昼のバスが出た後で、次の最終時刻まで、3時間以上も待たなくてはならないはめになりました。バス停の食堂でそばを食べていると、そこの主人がタクシーを呼んでくれて思ったより早く自宅に着くことが出来た次第です。(タクシーは初め考えたのですが全部で5人なので1台では来ないのではないかと遠慮していました。)

・ 全体を通して、人数的に合宿らしく成りました。成田・谷口君は初めての山行に春とはいえ、雪山でそれも初めてのテント生活でさぞ大変だったのではないかと思います。また、次の山行が楽しみになりました。これで下級生が入れば、山岳部らしく復活できるのではないかと期待しています。

・ 天気も4日間とも恵まれて日焼けが痛いほどです。

 以上ですが、今回の山行にザック・登山靴・羽毛服等を谷口君・成田君が使わせて貰いました。この場をかりてお礼申し上げます。

      山岳部顧問 野本 勇


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