[chronicles]




1975年度山行記録

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1975年山行記録前半より続く

  • 金峰月例山行(11月22-24日)L三品、高野、蒔田(高二)、浅田、岩城、直井(中二)、中村、高坂、浜田(中一)、太田弘一(OB)、平野(部長)
    • 22日(雨)新宿発
    • 23日(曇)韮崎-増富-富士見平(瑞牆山往復)-大日岩
    • 24日(晴)大日岩-金峰山-川端下-秋山郵便局前-信濃川上

      中一、中二の体力は大したものである。実は列車が動き出した頃、高二とOBとの間でコースの検討をしたのであるが、指導委員会から「瑞牆往復で大日4時なら川端下へ下ってもよい」というタイムリミットが出ていたので、中学生の体力を考え、瑞牆カットで川端下、そして高二がしめる事にした。
      ところがフタをあけてみると、富士見平についたのが10時45分、それならば、と瑞牆を往復、大日に着いたのが、3時25分、タイムリミットをはるかに下回った。いやはや、末恐ろしいことである。それから翌日は郵便局発1時57分の、バスに間に合おうと、四時間弱の行程(その大半は林道)を前にして金峰頂上を10時35分に出発、半ば走るように下った。その甲斐あって、郵便局には1時55分についた。[三品]



(右)どことなく浮世離れした太田さん



(左)金峰山頂にて。前列左より浅田、岩城、太田、三品、蒔田。中列左より直井、中村、高坂、平野先生、最奥浜田。
(右)川端下へ下る道。

相馬岳方面をバックに浜田・中村。
12月
  • 妙義山月例山行(12月14日-15日)L高野(高二)、高坂、中村、浜田(中一)
    • 14日(晴)上野-高崎-横川-妙義湖-ロックガーデン
    • 15日(晴)ロックガーデン-妙義湖-妙義神社-一本杉-石門-金洞山-石門-(中腹ルート)-一本杉-妙義神社-松井田

      冬合宿に中一が参加できないため、冬中山へいく機会がないので、それを補うという目的で行なった。
      つい先日もここで中学生が死んだ(とはいえ相馬岳の話だが)というのでかなり懸念していたのであるが、案外手頃で中一も楽しめたようであるし、その点から見れば非常に成功した山行だったと思われる。また中二抜き(初めて)という心配に対しても、意外にしっかりとした行動を見せてくれ、中一の成長というものを窺わせてくれた。[高野]

  • 冬季八ヶ岳本合宿(12月23日-27日)L三品、高野、蒔田(高二)、浅田、岩城、直井(中二)、鈴木、大室(OB)、平野(部長)
    • 23日(晴)新宿発
    • 24日(晴)茅野-美濃戸ロ-北沢-赤岳鉱泉
    • 25日(曇)赤岳鉱泉-行者(付近にて雪上訓練)
    • 26日(晴時々曇)行者-鉱泉-硫黄岳(石室往復)-行者
    • 27日(晴)行者-南沢-美濃戸口-茅野

      中二に対し雪山及び冬山生活に慣れてもらうためというのが、この合宿の硫黄岳登頂に次ぐ大きな目的であったため、特に現役だけ6人一つの天幕に入り、細かい所まで注意した。最初のうちは冬山というプレッシャーのために、何をやってもぎこちなかったが次第に慣れて来たようだ。天幕設営や滑落停止、アイゼンワーク諸訓練をみっちりやった後、硫黄岳へとのぞんだ。丁度米子付近に低気圧があって季節風が弱まり、途中に危ない所もなかったのであるが、中二にとってはよい経験になっだろうと思う。自分達だけの力で雪山に向える日のために着実な活動を続けてもらいたいものである。
      南沢を降りていく彼等を後ろから見ながらそう思った。[三品]



新雪を踏みしめる。左より岩城、高野、浅田、直井、蒔田




岩城と浅田。硫黄岳を背景に。




夕焼けの大同心

1976年(昭和51年)1月-2月
  • 御坂個人山行 (1月)高野(高二)部外者一名。鍵掛峠〜十二ヶ岳〜毛無山〜河口湖
  • 雲取山(1月31日-2月2日)L高野、SL藤森(高二)、浅田、岩城、直井(中二)、高坂(中一)
    • 31日(晴)学校-立川-奥多摩-鴨沢-七ツ石
    • 1日(晴)七ツ石-雲取往復-七ツ石山-鷹ノ巣避難小屋(泊)-鷹ノ巣山往復
    • 2日(晴)避難小屋-六ツ石山-奥多摩

右端:暖い山に重装備の馬鹿二名。褌のようなタオルを下品に垂らしているのがキジ森。

左端:今から思うと何でこんな荷物があったのか不思議だが、まぁ楽しかったからよしとしよう。

左端:帰りの電車のトランプで負け続けた直井。避難小屋のワンマンショーから一転の悪夢。

3月
  • 春季丹沢合宿(3月25日-29日)L高野、蒔田(高二)、浅田、岩城、直井(中二)、中村、浜田、高坂(中一)、平野(部長)
    • 25日(晴)新宿-新松田-玄倉-ユーシン
    • 26日(霧時々雪または雨)ユーシン-雨山峠-鍋割山-塔ヶ岳-丹沢山-ユーシン
    • 27日(雨後晴)ユーシン-同角山稜-檜洞丸-蛭ヶ岳-ユーシン
    • 28日(晴)ユーシン-蛭ヶ岳ダイレクト尾根-蛭ヶ岳-姫次ー黍殻山
    • 29日(晴)黍殻山-鳥屋

最終準備会。汚い字。
最終準備会に集う山賊のようなOB
左から蒔田、藤森、太田、君が袋、大室
ユーシン付近にて
直井の苦手なぬかるみ道
さかんに媚を売る鹿。
でも可愛い。
こちらはお亡くなりになっていた
羚羊
最終日は食中毒で悲惨な状況であり写真どころではなかった。




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text by y.mishina. photos by n.takano & y.mishina.

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