岩燕拾遺

1998年夏合宿資料


 

北アルプス蝶〜常念〜槍〜薬師

藤井小弥太・井上満穂・椎野孔二郎




page 1/2:合宿概要・行動記録1/2

概要:

  • 目的:夏合宿
  • 日時:
    • A隊7/20(夜行)-7/28
    • B隊7/20(夜行)-7/24
  • 場所:北アルプス常念岳、西岳、槍ヶ岳、薬師岳
  • メンバー:
    • A隊:L藤井小弥太 [食料、医療]、井上満穂 [コース、気象] (H1)、野本勇先生(顧問)
    • B隊:SL椎野孔二郎[装備、記録](M2)、佐藤尭彦 [装備、コース補佐]、土本真之介 [食料補佐](M1)、梅村裕(OB)、増子寛先生(顧問)
  • 食糧計画: 


21日 パン 行動食 焼き肉
22日 パン 行動食 豚汁
23日 おじや A 行動食 カレー
24日 おじや B 行動食 マーボー豆腐
25日 マルタイ 行動食 牛丼
26日 マルタイ 行動食 炊き込みご飯
27日 マルタイ 行動食 ドライカレー
28日 マルタイ 行動食



7月20日
新宿〜



藤井小弥太




井上満穂




椎野孔二郎

バタバタとパッキングを終え、新宿に19時。23:55発の急行アルプスに乗る。相変わらず、夜行では熟睡できなかった。



23:55発新宿最終夜行で出発した。



私の個人的都合により出発日がこの日になったため、準備に少し遅れることになり、忙しい1日になってしまった。それでも何とか間に合い、23:55新宿発の夜行列車に乗ることができた。





7月21日
〜松本〜上高地〜徳沢〜横尾


藤井小弥太
井上満穂
椎野孔二郎
松本で乗り換え、新島島からバスに乗る。そして6:00頃上高地に到着。ここでこの日の朝飯を考えていなかったことに気付く。現地でパンを買ってすませたが少々高いめで、新宿で気付くべきだった。歩き出し、明神で一本。荷物を置いて10分ほど歩いて明神池を見に行ったが、250円の拝池料が取られると聞いてやめた。何で池を見るのに金がいるんだろう?

さらに歩く。平坦なので中1は二人とも普通に歩いていたが、団装を持たせすぎたのだろうか、少々バテたようだ。徳沢でも一本とったが、非常に水がおいしかった。

横尾に到着。水もあり、人は多いが快適なテント場だった。雨の心配がかなりあったが結局降らずに済み、運が良かった。七時就寝。




松本著は4:05。そこから新島島までの夜行バスに乗り換える。4:15出発。新島島には4:50着。新島島にはバスがすでに到着しており、すぐに出発。荷物代は取られなかった。釜トンネルを通過すると眼下に上高地の荒々しさが現れてくる。

上高地バスターミナルに6:00に到着。河童橋までいき、朝食を食べた。そして、20分ぐらいで出発。まず徳沢までは特に何もない。天気も晴れであった。横尾までも特に何もない平坦な道だったが、空が少しかげって来た。

横尾のテント場は人が多かったが、それなりに静かな夜だった。




松本にて松本電鉄に乗り換える。新島島-上高地のバス連絡切符が売っていたのは予想外だった。上高地には6:00に着いたが。さすがは上高地、バスターミナルがあり、売店がある。今までいった中で一番拓けている。パンを買い、河童橋にて朝食。7:00に出発し、30分ほど歩いて明神で一本。15分ほど歩いて明神池を見に行ったが、どうやら拝観料を取られるらしい。なまじ開けているとこういうデメリットもある。

徳沢でまた一本。水がいいので、ここで水を汲みなおした。さらに歩き、2本で横尾に到着。小屋から少し細い道を歩き、川の近くにテントを張る。

しばらく休んだ後、食事を作り始めるが、野菜のほとんどが腐ってしまっていた。また、天気図用紙がないことにも気付く。さらに、谷の底という横尾の地形のため、ラジオ電波が受信できない。何とか乗り切れたが、さらに悪い偶然が重なっていたら、大変なことになっただろう。7:00就寝。






7月22日
横尾〜蝶ケ岳

ばてる藤井 稜線にて

藤井小弥太
井上満穂
椎野孔二郎
撤収の遅さは相変わらずながら出発。とたんに急な斜面が始まる。そこからはただただ登り続けるだけである。何度もあそこが稜線だと思わせるニセ尾根に出会い精神的にも疲れたそんな中、荷物が軽いとはいえ、中1はよく歩いたと思う。かくいう僕は本物の稜線にでたとたん、リーダーとして恥ずかしい話ではあるが、足が前に出なくなってしまった。体力面は、日頃の部活で補うしかないだろう。それでも何とか到着。計画段階で頭をかすめた常念行きも時間的、体力的に無理だった。まあ、中1がいる場合はこの辺が妥当だろう。

しかし、21日はまだ時間が余っていたから良かったが、やはり個装整理の遅さが目についた。ご飯を食べ7時就寝。ちなみに、緑色のテントは「のりお」と命名された。




今日の登りは今回の中で一番つらいと思われている所である。落ち葉と岩の混じりあっている急斜面がたちはだかっている。登っていて、ふと後方の山々を見ると、小さい槍が岳を拝むことができた。

天気は晴れていた。登っていくと、標高2500mという看板があった。そこから木の高い物がだんだんなくなっていった。分岐点に到着すると、180°展望で、穂高岳と槍が岳との間の稜線が全て綺麗に見えた。右側に常念岳が見え、左に蝶ヶ岳が見えた。そして、正面に蝶ケ岳が見えるように歩き出した。そして、蝶ヶ岳ヒュッテに到着。テントを立てて飯を食べ、すぐに就寝。




朝、中1のS君の寝起きが悪いことが発覚。また、T君はイビキをかくらしい。

毎度のごとく、撤収は遅い。5:30頃出発。後は急斜面の連続である。恥ずかしながら、私が真っ先にばてた記憶がある。5本ほどかかってやっと稜線にたどり着いた。

しばらくしてキャンプ場にたどり着いたが、予想通りこの日の野菜も腐っていた。6:00頃ミーティングを開始、7:00に就寝。






7月23日
蝶ケ岳〜常念〜常念乗越

蝶ケ岳附近より槍穂高の朝

藤井小弥太
井上満穂
椎野孔二郎
前日のテントのメンバーの寝相により、少々寝不足気味。しかし、朝アラームが鳴るとOBが先に起き、しかもその後起こされても起きないメンバーが居るようだ。気をつけたい。撤収は昨日の教訓が生かされたのか、ほんの少しだが速くなっていた。パッキングして出発。

道は昨日よりは楽だが、細かな登り降りが多く閉口した。とうとう常念のふもとに着き、ごつごつした岩を本格的に登り始める。岩場ではこれといった指標も無いのでトップに大きく左右された。(いらないピークに登ったり)途中で椎野がバテ、佐藤がバテ、となったところ、やっと頂上に到達。少々ガスっていて絶景とはいかなかったが梅村さんから桃かんの差し入れもあり、楽しい頂上であった。

しかし本当に苦しいのはそこからで、下れど下れど小屋に着かない。長い下りであった。やっと着いたと思うと一息つくまもなく、雨。雨になるとテント設営の未熟さが現れてしまった。雨が降った程度では変わらない設営能力を身につけたい。ヘリコプターが近くに荷降ろしするというハプニングもあったが、ともかく7:00就寝。




今日は常念岳の登りである。まず昨日も通った分岐点を通り蝶槍に到着。常念岳への登りまで何度もこぶを乗り越えていく。うんざりするような登りである。しかし、お花畑が広がっていて、疲れを忘れさせてくれた。しかし常念岳への直登は岩場が広がっていて、とても大変で甲斐駒ヶ岳を思い出させるような登りだった。

頂上で少し休み常念小屋までいく。下りで、小屋は見ることができるのだが、なかなか近づかない。みんながうんざりし始めた頃にやっと到着。テントを張るところに制限のある場合が有るので注意。なんとか夕食を食べ消灯。




昨日に引き続き3:30起床、5:40出発。設営、徹営の遅さを改善するために、一度その訓練を重視した山行をした方がいいかもしれない。

蝶棺のあたりで佐藤の高所恐怖症が発覚。2本で常念の麓に着く。その後、3本で常念には12:00に着く。常念から常念小屋の下りでは、見えるのに着かないという気持ちを初めて知った。やっと常念に着き、テントを張ろうとすると突然の雨。またしても設営力不足を思い知らされた。

ミーティングでは「『雨具着用』の指示が遅い」等のことが出た。7:00就寝。







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text by k.fujii, m.inoue & k.shiino. Photos by I.Nomoto.

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