麻布中山岳部部報・第一号・岩燕(1946)





太古にして大新なるもの、それは自然のもつ力であり、之を感ずる人間の魂であろう。

可憐なる野菊を愛で偉大なる山容に打たれて、自然の霊気といぶきと、我が魂のそれとが一つになって、我と、自然との大調和を得たとき、我々は此の俗界をさらりと、抜け出して、そして今度は、此の現実を力強く生き抜く力を把握するに至るであろう。そしてその調和の中からこそ、最も正しく此の現実の真姿を見出し、之に対する、自分の進路を明確に握ることが出来よう。

混迷せる現在に於ては、此の事は、特に必要ではあるまいか。自然に親しみ、自然にとけ合ふ。新しく発足する我が山岳部に多幸あらん事を。
(菊池部長)





山岳部夏期計画
山中湖行
日時
七月下旬より一週間
但、収容人員約四十名につき、申込者多数の場合は数班に分けて実施す
費用
交通費約三十円(其他小遣)
食糧
米約二升(粉ならば八OO匁)
副食物・調味料若干
期間中、富士登山・五湖巡り其他計画あり


部員諸君への希望
待望の夏期休暇が間もなく、やって来る。しかし、今年の夏季休暇は例年のそれとは少しく趣を異にする。食糧事情其他の為、世間の表情は暗いが......吾々山岳部員は明るく元気よく、登山に勉強に、精を出し、第二学期の始業式には、元気な顔をならべてもらひたいものである。



総会

七月二日 終業式後四・一教室ニテ例会アリ。全員出席ノ事。




渓谷

氷河のない日本の山では、谷を遡行し、雪渓を登ることは、かなり重要な登山の部門をなしている。山を究めるには、どうしても谷は閑却する事は出来ぬ。が、谷を歩くと云ふことは、たとひ登山路があるにしても山稜を縦走するやうに、容易なものではない。況んや僅かな踏跡しかないやうなところを長時間に或ひは数日に亘って跋渉するやうな時は予想外の苦闘をしなければならぬ。がその代り人煙の稀な渓谷の森林と岩壁と雪渓と、水流の造り出す美は到底ピークハンターには味はふ事の出来ない素晴しさを持ってゐる。渓谷美を知ると、山稜のみの縦走が如何に単純なものであるかを知るやうになる。しかし、渓谷は山稜よりも危険が加はる事は必全である。故に、遡行に於ける技術をパーテーが体得したければならない。

以上渓谷について書いて見たが、沢こそは我等麻布中山岳部として最も希望する所である故、先づ今夏期休暇中に奥多摩の沢へ又丹沢を征し、さうして、アルピニストに対し、古より限りなき大自然の美と氷った如き、冷やかな威圧を以てゆうわくし、若人の尊き生命と呑んだ所の谷川岳一の倉沢茂倉沢等を、麻中山岳部員の若さと意気で征服することの出来る日を、一日千秋の思ひで待たうではないか。
(四年中村)





山中湖
富士五湖中最も東に位し、湖面、海抜九八二mに達し本邦第三位を占む。また面積も五湖中最大である。湖畔には落葉松と草野とが連り、西南に富士を仰いで風光明媚である。湖水は遠浅で水泳及び舟遊びに適す。

富士の裾野
今や富士の興味は其の裾野に集ってゐる。登って見下す興味よりも廻って見上げる興味に移っている。裾野と云っても、凡て海抜一〇〇〇m以上、極めて高原的趣味に富んで居る。空気乾燥、清澄にして健康上にも申し分のない浄境である。
(四年馬場)




感想

第一回目の登山(遠足と云った方が適当だが)の時に、つくづくと感じたことは、リーダーの命令をよく守らなければならぬと云ふ事と、又リーダーに選ばれた者は沈着にして且つ決断力強くして、いやしくも一度事を決すればあくまでその方針に向って進むと云った者でなければならぬと云ふ事であった。併しあの高尾山の場合は何しろ人数が多かったし、又リーダーも不慣れの為、心配も多かっただらう。いやしくも山岳部員たる者は、一人一人がリーダーになると云った気持で真剣にやってもらひたいものである。
(四年坂本)




山雑感
富士山を間近かに眺む山中湖。
山上に母をしのぶや朝ごはん
夏休みプランは多し米はなし

(四年小田)





登山用語
〔E…英語、F…佛語、G…独語〕
  • アイス・アックス Ice-axe (E)氷斧と訳してゐる。ピッケル(G)、ビオレ(F)に同じ。
  • アイゼン Steigeisen(G)の略。金力ンヂキ、クラムポン(E・F)に同じ。
  • アタマ 頭、枝尾根や沢の源頭にあたる隆起。主峰でないのが普通である。
  • アブザイレン Abseilen(G)ザイルの一端を確保させての下降を云ふ。懸垂下降と訳す。
  • アルバイト Arbeit(G) 勞働の意であるが、登攀の際の勞力を云ふ。
  • アレート Arete (F)山稜 グラート(G)に同じ。(編注:e は ^ つき)
  • アンカー Anchor (E)錨の事であるが轉じて自己確保を意味し、又下降の際の最後尾の者を指す。




第一回登山感想

一言にして云へばこの山行は、山岳部としては適当でない。山と云ふ感じはすれど、我々の最も欲する大自然即ちこの俗界を心ゆくまで脱し切れなかった。あのコースは、ハイキングコースならまだしも、いはゆるアベックルートだから。しかし諸君、此のルートを選んだわけは、深い深いものであった。それは第一に人数の事である。一体登山に多人数は禁物である。それも又八十四人も来た。その上、第一回の事でもあるし、各人の技術も分からなかったからだ。寺島君の苦心も買はねばなるまい。山としてでなく、又別の意味で一日を楽しく過せたではないか。あの峠よりの眺望は山に来たことをあらためて自覚させてくれた。富士を中心として丹沢山塊・道志山塊、反対側には大岳山、三頭山を含む奥多摩山塊さうして秩父・大菩薩・南アルプスの前衛の山が美しく眺められたではないか。又此の日の天候は完全とは云へないがまあ山の天候としては、上の部であらう。

行程の安易からであらうが、一年生もさしたる疲勞も表はさずに浅川へ着いた事は今後の山岳部の発展を大いに有望視させるのである。

最後に諸君等の健闘と合はせて麻布中山岳部の発展を祝福する。
(四年中村)





夏期休暇プラン

七月

三日 - 五日
幹事の山中湖調査
七日 - 八日
川苔山
二四日 -
山中湖合宿(富士登山、五湖巡り、三ッ峠山)

八月

丹沢
主脈縦走
四十八瀬川
ザンザボラ
キウハ沢
奥多摩 ... 三頭山




編集後記

第一回の事とて、はなはだ不完全なものしか出来ませんでしたが、第二号、第三号とだんだん立派にして行きたいと思ひます。
(四年馬場)

昭和二十一年七月一日発行
麻布中學校山岳部発行
編輯者、坂本・中村・小田・小倉・馬場





当時の写真より

(第一回登山。小仏峠にて)



(山中湖にて)




この当時の事情は、1947年回顧(中村太郎)に詳述されています。



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