tome III - 山行報告 2


 

紅葉の山と渓谷

(1947)

中村太郎(昭和24年卒)


日原本谷遡行

日原本谷遡行十月二十七日の正確に五時、小田君にたたき起される。山奥に寄生する日原部落は夜が明け切らずぼんやりと霧が立ち込めて外は只せらしぎが静かにするのみ。昨夜「五時迄に必らず朝飯を」とくれぐれも山上のおばさんに頼んでゐたのに、まだ出来ないとのこと。時計は五時五十三分を指してゐる。少々面白くないがパーティーのコンヂションが良い為、大して気にもしなかった。

今日は大雲取谷より芝水小屋に出る予定である。全コースタイム八時間としたから、さ程急ぐ必要はあるまい。六時半に宿を出た。川苔山方面の山や空は朝焼でピンクに輝いてゐる。反対の日原谷の奥は暗雲に鎖されて無気味、此の分ではと早くも前途の心配が頭を掠めた。道すがら次から次へと落ちてゐる牛糞に、しっとりと白い霜が降りてゐる。茅葺の家家は、そのどっしりした庇から幾百となく吊し柿をぶら下げてゐた。山村はすでに初冬の領域に寒々と入ってゐる。

山は常に暗示的であった。嘗って単独で三峯より雲取へと縦走した時、最も僕の心をとらへたのは此の日原渓谷であったらう。連綿として続く山々の間に、いや207米(2018米)の雲取山の麓迄も奥深く喰ひ込んで、黒々とした密林をはるかに遠く、息苦しい程重々しく押拡げてゐたのが此の谷だった。真夏の強い光線を浴びて、僕は其の時の自然に対する興奮とあこがれを忘れる事は出来ない。其の日原谷に分け入らうとしてゐる。

今日の希望にみちみちたパーティーの横顔に朝日が反射して頼もしい程美しい。さっきからしきりに去来する山上の雲片を見てみると、前途が多少明るく感じるのは気のせいであらうか。

天祖山道を右に見てからは、紅葉も一段と美さを増し、燃ゆる様な紅は血となってしたたり落ちさうである。「サクサク」と紅葉を踏んで、真赤のトンネルの中を僕達は黙々として歩いた。誰も彼もが大自然の美に充分ひたってゐると言った表情だ。二時間も歩いた時、我々は適当な降口を見附けて水辺に降り立つ。足ごしらへを入念にして、さてと前方を見ると、今迄麗はしいと思ってみた景色に段々凄味がさして来た。こういふ時に、何時でも前途不安が自然に湧いて、又それが実現された場合が多い。

僕等は一絛の陰鬱な滝にアタックする。ラストをショールダーで這ひ上り、下をのぞくと暗い釜が、どん底に大きた口を開けてとうとうとして落下する水を、一呑みに呑んでゐた。ちっと見でみると僕迄が呑まれさうで、思ばず「ぞっ」とする。

見よ!!峻険なる山容と、凄惨なる渓谷が互に相調和しつゝ、奥へ奥へと誘惑する。ここで日原本流の神秘の戸びらは開かれたのだ。見上ぐる如き峭壁に、今を盛りと紅葉した木々から冷い風に送られてきれいな葉が、ハラハラと散り僕達を祝福してくれる。この様に高邁な姿で絶えず威圧して来る中を、非常な緊張を以て徒渉し、且つクライムを続ける。しばらくして一行は、青々と深津を形作ってゐる処に於いて、はたと進行をはばまれてしまった。

僕はパーティーに対し此上遡行出来ない事、そうして、左岸の懸崖をよじ林道に出る事を告げなければならなかった。しかしこれすらも容易な技ではない。よくやくロッククライミングを終ると、今度はすべりさうな急斜面をクライムしなければならなかった。

落石に備へるため、横一文字になって幹につかまりながら、落葉に悩み、枝に顔をひっかかれ、岩角につまづきながら、無理矢理に押し進んで行く苦しみは、たとへ様もない。苦心惨憺一時間も歩くと、やぶ傾斜の緩い凹地に出た。そこで僕達はエナージの補給を取り、元気を回復させなほも進んだ。有り難い。そこから林道迄一息であったとは。

二時半、のんびりと林道伝ひに桧尾小屋と大雲取谷にとたどる。

三十分もたっと下の方から煙が昇って来たのでちょっとのぞくと二むねの造林小屋があった。又一時間も歩くと唐松橋、檜尾小屋の有る所だ。しかし時間は四時に近い。僕は決心した。今日中に大雲取谷を遡行するのは無理であると。左手のマミ谷をつめ早く稜線に出て、ラテルネに頼っても良いから芝水小屋に出ようと思った。

こゝ迄林道を通って来れば問題はなかったらうに、考べれば考へる程自責の念にかられる。自らリーダーの資格の無い事がはっきりと脳裏に焼き附けられた。こゝで本流へ最後のアデューを送り、「新たな角度から」と思ふと、一抹の希望すら湧くのだった。

ワサビの段々畑を通り抜け、軽く遡行して行く。行手に白い実に淡麗な滝が見えて来た。名前は知らないが布滝とか、白糸の滝とかを思ひ浮べる。険悪な日原谷では見られない女性的な存在であった。典のすぐ手前のナギを登り、雲取道に出やうと又々つらいクライムを始める。皆んな一日の疲労が現はれて来た様だが、二年生の笠原君や、三年小川君を始めパアテイ全員良くがんばってゐる。なんだか頭が下る思ひだ。

眼を遠くに放つと、遥かに懸界尾根の上に夕焼に映えて黄色く色らどれてゐる。赤々と着飾った美しい木々さん達にも、暗い心をなぐさめられた。

ブナの枝越しに空を見ると、純白の綿のやうな巻雲が、ゆうゆうと頭上を通って行く。僕は何時迄も何時迄も其の雲の行方を見守ってゐたい気がして来た。

野宿追想

「おい、もう薄暗くなったぞ。いいかげんにビヴァークしやうじゃないか。」と言ふ声が彼の後ろでした。「あゝもうあれから一時間も歩いたのだ。」と思うと急に情なくなる。「あっスカイラインが見えるぞ、あと一息だ、がんばれ。」と二米もあるしの竹をなほもかきわけて、がむしゃらに登って行く。眼は眩みさうで、足も思ふ様に云ふ事を聞かない。たゞ倒れさうになるのをうまく利用して前へ前へと進んだ。その内に又後ろから「もう野宿しやう。」とあはれな声が何回も聞えてくる。竹はどこまで行ってもつきそうもないし、僕もこれから先の自信がないので遂に立ち止った。皆んなと相談して結局「今日はこれ以上進んだら心臓が爆発する。」事に意見が一致し、此の竹の生へてゐない凹地でビヴァークする事にした。

自然に対して戦ひ敗れた人間の顔はこんなにも深刻なのであらうか、誰も一点を見つめてゐる。笠原君のほゝだけが赤く、リンゴみたいで食欲をそゝった。あたりはもう暗い。秋の陽は沈み出すと早い。僕らは放心状態で寝ころんでゐるのが関の山だ。僕は自らをはげましつゝ、皆と協力して附近を片附け薪を集める。

こうして焚火の準備は着々と行はれた。周囲が高さ二米もある竹ばかりなので我々の位置がはっきりしない。果して今夜は寝ても明日はこのピンチを切り抜けられるかどうか。心の動揺は一刻も静まらたかった。しかし皆を失望させないために地図上で「僕達はこゝにゐるからもうすぐ稜線に出られるだらう。」などといひ、友達の心と一っしよに我が心もなぐさめたりした。

悪いときには、悪い事が重さなるといふ。水が残り少ない。飯もたけないのだ。仕方がないから飯島君のイワシ・サアディン二個を七人で分け合ひ晩飯とする。実に悲壮な悲劇になった。とにかく雨さへ降らなければ大丈夫との自信もつく。体が温まったからだらう。焚火当番二人が三時間ずつ交代の外は、火の周りに横になった。

空は美しく晴れて、星が手にとれさうにキラキラと瞬いてゐる。真黒のべールに金粉を散らした様だ。小さい唐松が枝をみんなはらはれて、たった一本残ってゐる其の小枝にラテルネがほんのりと燃えてゐる。月光がランプの影をすーとのばした。向ふに、白樺の木が一本寂しくたってゐた。気まぐれの風が笹の葉をざわつかせて、「ひやっ」とえりを撫でて行く。恐怖の花の様な火、可愛い乙女の様な火、絶えず変化する焔を通じて友達をみてゐると、ジプシーを思い出した、山野を自由に駆けまわる彼女達、かうして月を眺めながら不安な一夜を彼女達とおどり、且歌ひ明したら。……逢か彼方にゴウゴウと水の音が聞えるのが何よりつらい。「あゝ水が飲みたいなあ。」

夜も何時の間にか更けて、あたりは静まり返って「こと」ともしない。僕もうつらうつらとどの位寝たか、ふと目をさますと小倉のレインコートに火が附いてみる。それを成瀬君と小川君が一生懸命もみ消してみたが、御本人は至ってのんき「うん燃えても良いよ。」だってさ。当番で二回程起きたが、後は良く寝た。

おそひ来る寒気にふと眼をさますと、ちゃうど闇の帳が上らうしてゐた。晴れてゐるので附近の山が大変良く見える。そうして我々の位置もはっきりと地図に示す事も出来た。稜線へはすぐだが雲取へは大分ある。罐詰で軽い朝食をすませ、二度と来ないであらう印象深いビヴァークの地を後にした。

昨日に倍する新らたな希望に燃えて、疲労に加はる水分の不足をものともしないで小一時間程のアルバイトで千本ツツヂ山頂に立つ。其の光影!一同無事に頂上に立った其の時、一瞬誰もが考へたであらう気持を僕は想像出来る。この頂がたとへ目的の山頂でないにしろ、もう一絛の径は氷川より雲取へと続いてゐるではないか。僕達は自然に勝ったのだ。さっきまでの敗軍も今や勝利の月桂冠に輝きその感激が若人の血液をたぎらせてゐる。云ひ知れぬ喜びに輝いた瞳は、眼前に展開する雄大な眺望に、感激と又ちがった気持にさせられた。

目にしみる様に澄み切った秋空にくっきりと浮んでゐるのは富士山だ。早くも氷ついた姿で冷然と他の山々を見下してゐる姿はさすが女王の様な美しさの中に理智的なひらめきすら感じた。快晴にめぐまれた山上で「ワンダフル」の連発。スポーツの愛好者が感ずる勝利の喜びも、山登りがスポーツである以上現在の心がそれに等しいのだらう。不安から開放された嬉しさが二倍にも三倍にも拡大されて、この山行のクライマックスに達した。

三百六十度の展望、正面の大菩薩の上から南アルプスがチョット頭をのぞかし「グッド・モーニング。」と云ひ、三頭山は「ウエル・カム。」と云ってゐる見たいだ。御前山は雄大な山容を誇り、隣りの大岳山は、特徴ある顔をほころばせてゐる。やはり奥秩父は深い。雲取は見えないが飛龍山から笠取方面は深山美を如実に表して如何にもチャーミングだ。廻れ右をすると懸界尾根だ。鹿の遊んでゐる山から次第次第と高度を下げて、遂に関東平野となってゐる。

ふと附近の紅葉に気がつくと唐松の紅葉だ。真黄いろに染められた景色は、落ち着いて感じがよい。「もう高いのだなあ。」と感じ殊更に秋を思ふ。新鮮な空気を腹一ばい吸ひ、矢の様に飛んで行く一羽の鳥に「ヤッホー。」と叫ぶと思ひがけなく、山々が「ヤッホー。」とこだましてくれた。アルピニストにとって、山はフレンドかしら。……




写真:(1) 北の又本谷 (3) 苗場小松原。


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