tome IV - 合宿報告10


 

南アルプス合宿・B班

昭和28年度夏季合宿(B班)
荒垣敬




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兎に角、楽しい旅であった。そして、或る場合には、苦しい旅でもあった。そこにこそ山行の良さがあるのだと、或る人が云ったが、慥かにその通りである。

同じく学生服に身を包んで居ても、ジャズコンサートの熱狂的なリズムに半狂乱の状態に自分を置く者もあれば、夏は緑蔭に、冬は書斎に、独り閑かに思索に耽る者もある。だが、山岳部の山男達はその何れでもない。それは、”町には棲めない”と自称する健康な、青少年達である筈だ。そして、健全な精神をも宿しているものと、自負したい。

たぎる青春のエネルギーを、大自然に向って、叩きつける。それは、若人達が、”己”を棄てゝ苦楽を共にし、雄大な自然の姿に、旧い言葉を用いれば、浩然の気を養って、心身を鍛練する、ことなのだ。一週間なり十日なりの山行は、その有益さを想えば、忙しい学校生活の中にあっても長過ぎるものではない。

黄嘴青嘴の私達は、生意気ではあるが、山で得た多くの体験が、その儘、やがて来るべき果てしのない闘争の世界にも通用することを確信しているのである。

旧くから行われている慣習にしたがって、次に、この度の山行のコース・タイムの概略を誌し、こと多かりし一週間を振り返ってみる。


コース・タイム

7月25日

新宿駅4番ホーム集合(18:00)〜同発(20:12)〜甲府着(23:35)

26日<第1日>

バス待合室にて就寝(1:00)〜起床・朝食(3:30)〜同発(バスにて芦安へ)(6:30)〜芦安着(7:25-7:50)〜桃の木鉱泉への分岐(8:07)〜小流の畔にて昼食大休止(11:00-12:45)〜(野呂川測量小屋、神原のみ休憩)〜(13:05発)〜夜叉神峠、杖立峠への分岐(14:50)〜水場(15:20-16:00)〜夜叉神小屋(16:10)〜到着(18:30)〜夕食(20:10)〜就寝(21:00)。天候、晴。

27日<第2日>

起床(4:00)〜朝食(6:10)〜出発(7:15)〜(休憩合計80分)〜大崖頭乗越(10:10)〜杖立峠。分岐(広河原、南御室小屋)(10:25-11:00)〜昼食(11:40-12:30)〜分岐(南御室、甘利山、芦安)(13:30)〜南御室小屋(13:50)〜夕食(18:30)〜就寝(20:30)。天候、晴。

28日<第3日>

起床(2:00)〜軽い朝食(2:55)〜出発(3:20)〜(約25分を路に迷って消費、45分路判明)〜稜線(4:45)〜砂払の頭(5:10)〜薬師岳(5:25)〜観音岳(6:15)〜朝食(7:00-7:40)〜アカヌケ沢の頭(9:25)〜(休憩合計130分)〜高嶺(11:00-11:50)〜早川尾根(12:55)〜袋沢の頭(14:10)〜広河原峠(15:10)〜同発。別A班(16:05)〜早川尾根小屋(16:40)〜夕食(19:00)〜就寝(20:00)。天候、晴後夕立。

29日<第4日>

起床、朝食(4:15)〜出発(6:05)〜三等三角点(早川尾根の頭)(6:12)〜アサヨ峰(8:55)〜栗沢山(10:35)〜仙水峠(12:05-12:55)〜キャンプを北沢上流に建つ(13:30)〜夕食(17:30)〜休憩合計約110分。天候、晴後雨。

30日<第5日>

起床(4:00)〜朝食(6:40)〜出発(7:20)〜駒津岳(8:30-8:50)〜水場(9:15)〜駒ヶ岳頂上(9:50〜10:30)〜水場(10:40)〜駒津岳(11:00)〜キャンプ(12:15)〜キャンプを北沢小屋下流30m に移動(14:00-14:20)〜夕食、キャンプファイアー(17:45)〜就寝(20:40)。天候、晴たり曇ったり、夕立あり。

31日<第6日>

起床(2:30)〜朝食(4:00)〜出発(5:00)〜北沢峠(5:20)→仙丈組、下山組

▽仙丈組 ヤブ沢小屋分岐(6:10)〜小仙丈(6:55)〜仙丈岳(7:55〜8:15)〜仙丈小屋(8:35)〜ヤブ沢小屋(9:15)〜分岐(9:50)〜北沢峠(10:20)〜キャンプ(10:25)〜出発(12:00)〜北沢峠(12:10)〜八丁坂小屋(12:30〜13:00)〜赤河原(13:15〜14:25)〜白岩小屋(14:20-14:30)〜トロッコ道(15:45)〜飯場(16:15)〜トラック(16:40〜17:35発)〜高遠(18:15〜18:25)〜伊那北(19:15)〜夕食ソバ屋(19:20)〜同発(20:12)〜辰野(20:50)

▽下山組 赤河原(6:05)〜白岩堰堤(7:35)〜戸台部落小学校(8:40)〜出軌道(8:55)〜河原にて昼食(9:50)〜同発(10:20)〜戸台口(10:40)〜バス発(11:15)〜伊那北(12:03-13:16)〜辰野(14:21)〜新宿(20:00)。天候、晴後雨。

メンバー

  • リーダー神原、荒垣、新家(以上高二)
  • 桐谷、佐藤(高一)
  • 田辺、佐藤晃(中三)
  • 松田(OB)八名



第1日


出発早々、所謂バテた者が上級生に出たのは少々意外であったが、A班が同行していたので個人負担が非常に軽くなり、13人という大世帯の有難さを知った。けれども、多勢故に、初日、二日、三日と、コースが捗らずに予定が狂ったのも事実であるから先ず、その功罪は相半ばしたと云って良かろう。一パーティは三人乃至五人が理想的である。夜叉神の小舎では、御飯を焚く火が却々燃えなくて、K氏などは現役連の不慣れを嘆いていたが、出発の日、新宿の駅に早くから張り込んでいながら列車の座席が一向に取れなかった育ちのよい私達であるから生木が燃やせたら、それこそ不思議というものである。その燃えにくい火を小舎の中にも持込んだ為、人間の燻製が出来ん許りに煙って、止むを得ず外に逃れた私達は、折からの月蝕を、心ゆくまで眺めたことである。その煙が目にしみて、床に入って目を閉ぢると涙がとめどなく溢れ出て暫くは眠れなかったが、疲労は贅沢を許さない。一同は、忽ち、底なしの睡りに落ちて了った。


第2日

二日目の朝は、M氏の罵声にその幕を開けた。それは、睡眠の桃源郷に遊んでいた私達にとって、罵声と云うに相応しい大音声であった。曰く、”四時だ!!”夏休みのお蔭で連日惰眠を貪って居た私にとって、これから毎日四時以前に起きねばならぬという事は脅威であった。然し苦は楽の因<たね>と謂う。 黙って忍ばねばならない。朝食など摂っている中に何時しか時は過ぎ、”はや、七時”の声に一同周章てゝ小舎を後にした。果てしなく続く森林帯の中を、白樺や岳樺を眺めつゝ進む中に杖立峠へ出た。こゝで一寸したトラブルが起きた。予定が既に一日ズレているのだから鳳凰を諦めて直接広河原へ行かないかと云い出す者があって A 班は、それを真剣に考え始めたのだ。然しそのコースが雨後故荒れているだろうとの想定に立った慎重論が結局勝って、A 班は B 班と共に鳳凰を周って広河原へ行くことになった。



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