tome V


 

(1958)

伊藤 栄康


峠の頂上で私は立ちどまる。両側に向かつて道は下り、両側に向って水が流れる。この高いところで近より、手をとり合って一しょにいるものが、二つの世界に向って道を見出して行く。私のくつが軽く触れる小さい水たまりは......とヘッセは「放浪」の中で書いている。私も山に行きはじめてから幾つもの峠を越えたけれども、このヘッセの越えたような明るい素晴らしい峠を越えた事はない。北の国から来てこの峠に立つ時、南の国の息吹きを感じてしみじみとした幸福感を味わったヘッセの峠。南の青い海の薫りが見える峠。私にはそんな峠が何となく四国あたりにあるような気がしてならない。

私がはじめて峠らしい峠にのぼったのは高校一年の夏の山行だった。幼かった私と級友達は先輩の激励で無我熱中でのぼったものだった。今まで暗かった木の間から青空が見えた時はとても嬉しかった。と云うのはもうすぐで稜線に出て休めるという単純な理由からだったのであろう。その後まだ大分汗をしぽられるのも知らずにまつたく可愛いものだった。そして、暫らくぷりにこの間、五月の塩見岳をやる事になり再び三伏峠を訪れる事が出来た。

友人のH君と山麓の営林署て一泊して翌朝早くそこをたったが、峠に着く頃にはガスのなかにうまってしまった。朝見た白い中央アルプスは勿論ついさっきまで見えていた塩見さえもなくなっている。右手には急に落ちこんでいる赤っ茶けたガラ場の荒々しさがしずまりかえっていた。そして夏ならば高山植物が乱れ咲くであろうお花畑にはまだ短い枯草だけがあった。枯草の真中には三伏小屋に行く道が一本、人の跡を残していた。峠には音がなかった。音はみなガスの中に吸収されてしまっているからだ。一服してから小屋に向う道をたどる頃には、ガスもあがりはじめ五月の雪の上の明るい青空の歌がはじまっていた。一枚の葉もない岳樺のつややかな肌は澄みきった青空の反射で素晴らしい。あたり一面豊富た残雪の上に僕等の足跡がどんどんついて行く。

昨日は一日快晴で快調な山登りをした。頂上では昼寝を一時間もする程ののんびりさかげんだった。しかし欠点は一つあった。頂上でコーヒーを沸かした。ところがH君は砂糖を小屋においてきてしまった。ついに二人はコーヒー通の紳士にならざるを得なかった。しぷい顔をしてブラックとすましこんだわけである。その夜は満天の星空で枕辺の窓にはキラキラ星がかがやき、前の沢の音が星のきらめきからこぼれていた。ところが下山のその日は朝から猛烈な風雨となっていた。他のパーティは朝のうちにひきあげてしまい昼近くなって下山する時には僕達以外もうその三伏小屋附近には誰もいなかった。夜明方からの強猛な.雨で雪もだいぷきえ淋しい色になっている。いよいよザックを背負い小屋の二階から雪のうえにおりたときは風と雨が冷たかった。雪の間には沢の水がただ灰色の音を鋭く噛んで流れていく。雨に風に吹きとばされ峠の向う側に消えていった。いつ土の上につくとも知らずに。二人は黙って風の音を聞きながら峠に向う。ザックのある背なかだけが暖かい。峠近くに来ると、そこには指道標がたっていた。その向うはガレで切れている。突然その指道標は暗い灰色の背景の中に黒い十字架となつて浮びあがって来るのだった。




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