tome VII - 合宿報告3


 

中央アルプス木曽駒ケ岳

昭和58年度冬季合宿
石井秀行


page 3/3 [食料・装備・反省]



反省

a、ミーティング内容

23日 

  • 中三・慣れぬ雪山に疲労を感じ、とまどった点が多かった。
  • 高二・中三は行動中はよくやったが、天幕設営の時はもっと速く動くべき。
  • 先生・天幕場に着いたらもっと働け。

24日

  • 中三・撤収が遅い。ラッセルで疲れた。
  • 高二・朝が非常に遅い。中三は。パッキングが遅い。
  • OB・だらだら歩くな。
  • 先生・パッキング、設営等が未熟すぎる。

25日

  • 中三・体調が非常に悪かった。
  • 高二・アタックなのに朝が遅い。中三は次の合宿からリーダー学年になる事を自覚せよ。
  • OB・中三はいい意味で、天幕内において休む時間を作れ。
  • 先生・アイゼン技術をマスターせよ。

26日

  • 中三・朝の仕事が遅い。
  • 高二・エスパースではテルモス用紅茶を作るので遅くなるのは当然ではないのか。中三はもっと仕事に自主性を持って急いでやるべき。
  • OB・中三は仕事を自分から見つけるべき。

b、装備係(小田)

  • スベアのニップルを交換しておくべきであった。1年に2回(夏・冬合宿前)交換するべき。
  • 冬用天幕の吹き流し及びゴミ出口(ボタン)の点検を忘れた。
  • 灯油は7.5L(スベア内2Lは含まず)持って行き、3L残った。1日停滞した時の事を考えると適当。

C、食料係(小沢)

  • 棒ラーメンは水が貴重な冬・春向きではない。
  • 夕食は、クリームシチューを焦がした以外はまずまずであった。
  • 昼食の量はやや少な目であった。
  • 昼食にチョコレートばかりの日ができたのは失敗。
  • コンデンスミルクは好評だったので冬の常備品にするべき。
  • 砂糖は多量に余ってしまった。
  • 冬の行動食が凍ってしまうと、それを食べるだけで体力を消耗するので研究するべき。

d、医療係(岩崎)

  • 今回から保健室に貸してもらうようにした。
  • 使用したのはカゼ薬・胃腸薬・ヒルドイド。
  • 凍傷の研究をする。

e、気象係(金沢)

  • 予報が不完全であったのでもっと研究する。


f、総評

高二はこの合宿を最後に引退であったので、高二が身につけた事はすべて中三に引き継がせるという意気込みで合宿に臨んだ。具体的には「目的」の項で書いた通りである。そこで、「目的」の項に書いた事についてそれぞれに見ていく。

まず第一には雪山技術である。この合宿における目的の中心とも言えるワカンでのラッセルとアイゼンでの稜線歩きは十分に満足のできる物が行えた。特に稜線歩きの方は、強風の中での歩行も行い、快晴の日に登頂し、西駒山荘から山頂までは短いがバラエティーに富んだコース状態だったので非常によい経験になったと思う。また、雪山技術で重要な天幕移動は一回しかなく、これは少なかったように思う。朝の天幕撤収は二回あったが、いずれも出発するまで3時間30分もかかっている。せめて3時間以内にしたがった。主な原因としては、天幕から出るのが遅いのと。パッキングが遅いのとであると思う。これはアタックの日の朝についても言える事で、いつまでも天幕の中に居る者が多かった。天幕での生活技術については確かに向上し、狭い天幕内での個人装備整理などはうまく行えていたようだが、公の物の整理の甘さが目についた。特に鍋の蓋を天幕場でなくしてしまったのは大きい。合宿を中止せざるを得ない物であったら大変である。もっと徹底した天幕前室の整理が望まれる。生活面においては、それまで平気で身に着ける物を濡らしていた中三が、寒さのお蔭か気を遣うようになった。これは非常に大きな進歩である。

第二に雪山生活日数である。5日間と少し短いが、その分気象条件が非常に厳しかったので十分と言える。気温については行動記録に書いた通りである。また特に25日の場合は風があったため、厳冬期に風が出るとどの位の状態になるかという事がわかり、よい経験であったと思う。

第三の木曽駒ケ岳登頂は文句なしに成功である。

第四の中三をリーダーシップのとれる部員にするというのは、この合宿のというより高二の最終目的であった。中三は体力も十分につき、下界でも天幕内でも仕事を何とかこなすようになった。しかし下界ではまだよいが、山に行くと仕事に自主性がなかった。言われれば仕事をこなすが、言われないとその仕事に気付かないか気付くのが遅いかであった。そこで振り返って見ると、何でもすぐに指示を出してしまっている自分に気付いた。もっと各人に考えさえて仕事をさせるべきであった。

こうして高二にとって最後の合宿は終った。

この合宿は中三にリーダー学年を任せるためのステップとしての合宿であったので、主要な仕事は中三を中心に進めたため、それまでは仕事を言われてからやっていた中三が仕事を見つけて素早くやろうとする努力を見せ始めた。また厳冬期の木曽駒登頂は中三にとって非常に大きい自信となり、この合宿が飛躍のための第一歩であったと信じる。

このように、短い山行ではあったがあらゆる面で密度の濃い、意味深い合宿であった。

そして、合宿としては成功したが、一抹の不安を残しながらも中三にリーダー学年を任せて高二は引退したのであった。しかし、中三はこの後に予想以上の成長を遂げているので、誠に喜ばしい眼リである。 
(昭和60年卒)



装備表

(a)天幕類

  • 冬用天幕6人用1張本体、ポール、フレーム、内張、ビニールシート。
  • エスパース1張(新)本体、フレーム、内張、ビニールシート。
  • 竹ペグ 十文字12本 一文字13本
  • 張り綱1張分と予備2組(冬天用とエスパース補強用) スノースコップ1本(大)

(b)炊事類

  • スベア2台、灯油9.5L(内2Lは1Lずつスベアに入れて行く)
  • 水用ポリタンク2L 5個、テルモス0.8L 2個
  • ナベ2つ、コッヘル1つ(3つ組の物の中ナベ)

(C)登攀用具

  • ザイル1本(昭和54年購入、11mm)
  • ゼルプスト(古いザイルを切った物5つ、個装1つ)
  • カラビナ(団装2枚、各人個装として1枚)
  • シュリンゲ(団装若干、各人個装として5mmの物2つずつ)
  • ピッケル(木製4本、昭和58年3月購入金属製1本、平野先生から借りた金属製1本)
  • アイゼン6個、ワカン6個
  • ツェルトザック2つ(赤、青)、竹棒15本、赤布若干

(d)小物類

  • 細引4mm5mm、ラジオペンチ1個、スベアパーツ1式、じょうご1っ、ロウソク6本、メタ40本、予備電池1組、おたま1つビニール袋(大)10枚(小)40枚、ビス(固定式アイゼンバンド用)若干、針金若干、ガムテープ(布製)2個、たわし2個、ビニールテープ1個

(e)その他

  • キスリング(75)6個、背負子1個、医療パック1個、ラジオ1台


食料表

23 24 25 26 27
B 弁当 カレーうどん ラーメン 天プラそば ラーメン
L A1 B1 A2 B2 A3
D 牛丼 ビーフシチュー クリームシチュー カレー -
備考 →大樽小屋 →西駒山荘 コース偵察 アタック 下山


<昼食>

  • Aビスケット、板チョコ+
    1. 角チョコ、チーズ、ソーセージ
    2. グラノラバー、アメ2個、プルーン
    3. 角チョコ
  • Bクズカステラ、干ブドウ+
    1. さきいか、角チョコ、アメ2個、アーモンド
    2. チーズ、ソーセージ、アーモンド

<嗜好品・調味料>

  • 紅茶17回、日本茶7回、コンデンスミルク1個、砂糖、塩

く備考>

  • 夜は、1日目以外ペミカンにした。



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page 2. 行動記録前半
page 3. 反省・装備・食料


1983年度活動記録も併せてご覧下さい。



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