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 先生からのメッセージです



■ 2004年度 春合宿    野本 勇  [2005/3/23]

22日 朝 塩山駅に9時集合で、私はのんびりと 家を出た関係で 八王子から特急で行きましたが、生徒は、その前後の各駅で 遅刻もせず集まりました。 バスの本数が少なく 遅刻すると大幅に予定が狂ってしまうので、少々不安でもありましたが、さすが2年(4月から3年生)と思いました。大菩薩までのバス代が 100円と びっくりで つい運転手に聞いてしましいました。 特別区間で 安いそうです。

10時頃出発(詳しくは 生徒の反省文を参照して下さい) 途中で(1時間程度歩いたところで)雨が ぽつぽつ降ってきまして、雨具の準備を しました。

それほど雨も強くなく、着る必要は感じませんでした。次の休憩で、全員雨具を着用させました。行動中は 雨よりも 自分の汗で ぬれる方が多いかな という感じです。

峠近くになって、雨が強くなり、天幕を設営する頃にはそれなりに降っていました。また、それまで 雪らしきものは無かったのですが、峠で 30? 程度積もっていました。 峠は一部道路が除雪されており 春を感じました。

その後の 行動は 麻布中学の2年生ですので のんびりと(急ぐ必要もないので・・・) 6時には 夕食の準備も整いひとつの テントに集まり 食事とミーティングを行いそれぞれのテントに入りました。この時点で 私と S君は別テント。

7時過ぎに 、S君が 腹痛と 吐き気がすると 連絡があり 様子を見るように 伝えました(今までも、なれない経験から腹痛を起こす 生徒は 沢山 おりました ・・・ たいてい 1時間程度で 収まっていましたので 様子をみました) その後、8時頃 再度 S君が 元気が 無いと 連絡があり、様子を見に行くと 腹痛と・吐き気に 寒気がするというので 、ともかく 体を 暖めるように 伝え もう少し 様子を見ながら 、どうするか 考えた結果、峠まで、何とかすれば 車が 入れる、まだ9時少し前だったので、山から下におろして 再度様子を見ることが出来そうだと判断・また、彼らにとっては 雪の上でのテント生活は 初めて、高校生と違って、雨にぬれたことによって 体力低下の心配、等のことを考え 総合的に判断して 救急車の出動をお願いしました。

ところが、私の判断が甘かったのか、様相以上に雪が多く、峠まで救急車が入れないと連絡が 30分程度たってから連絡が入り、これから救命士と消防の何人かでそちらに、雪の中を向かいますと電話連絡があり、出動をお願いして、1時間程度たって救命士 の方が やってきました。ところが そのころには S君が だいぶ 落ち着いて軽い 腹痛は あるものの 自分で 歩ける程度に 顔色も よくなり、元気を取り戻していました。

救急車の方は、ここまで歩いてきて、担架等で運べるような状態では無いといわれ、昼間でしたら ヘリコプターを要請するとところです。普通の救急医療ではなく、山岳救急ですといわれてしまいました。

救命士の判断で、別のルートから 救急車を呼ぶことになり、その場で40分ほど待機して、救急車に乗り込みました。私が彼と同乗する関係で、リーダーの藤森君に今日は出来る限り早く寝て(後で聞いたら 11時過ぎまでおきていたようです)、朝一番 テントを撤収して 大菩薩のバス停に向かうように伝えました。生徒だけで残すのもちょっとは心配しましたが、テント生活の経験が増えたこと、上ってきた道に少々の雪はあるが危険な箇所が無いこと、自分たちで判断して 下山出来るだけの力が備わっていると思われること を 考慮し 後をお願いしました。

救急車が出発したところで、(40分程度で病院に着くと思われたので)、S君のお母様、藤森君の自宅へそれぞれぞれ、今までの内容を 連絡しました。ところが、20分程度走ったところで、雪のために車がスタックしてしまい、脱出不能の状態になってしまいました。ここで、再度別の救急車(最初に向かってくれた車で 4輪駆動車だそうです )を呼んで乗り換えることになりました。その間、若い消防の方が 道路の雪かきなどしてくれました。また、山火事用のポンプ車も 要請して 救急車の救助に向かってくれました。

道路の状態で 病院に着くのが大変遅くなってしまい、診察の結果が出たのが1時30分を超えてしまいました。結果は、白血球が少し(見方によっては大幅に)高くなっていた以外は、特に問題は無いといわれ 急性胃腸炎でしょと判断されました。吐き気が一時強かったので 1日様子を見ましょうということで即入院となり、私は、病院の片隅のいすの上で一晩過ごすつもりでいましたが、彼の病室で一緒に過ごしました。

23日、朝 9時には、S君のお母様見えられたので、後はお願いして、大菩薩の入り口に向かいました。予定よりも遅れて元気にやってきました(遅れた理由は 朝の起床が 遅かったのと 出発時間が 9時を過ぎたそうです)

今回の件で、多くの方々に大変迷惑と ご心配をおかけしまして すみませんでした。特にS君の家族の方には、仕事をキャンセルまでして、迎えにきて頂いて恐縮しております。また、色々と連絡等をして頂いた 藤森君のご両親にも大変ご心配をおかけしました。

塩山の救急隊の方々(救急車 2台 ポンプ車 1台 15人程度)には、大変なご苦労をかけてしまったので、近々ご挨拶に伺う予定でおります。

野本 勇



■ 2004年度 12月山行    野本 勇  [2004/12/15]

本日、15日(水)、冬合宿の準備をかねて、陣馬山までトレーニング山行をしてきました。

テスト終了後の採点期間を利用しての、山行ですので、生徒の成績をみんな50点でも付けないと、時間的な余裕が生まれない中ですので、朝もっと遅くして欲しかった。

高尾に、朝7時50分に着き早すぎたかなと思っているところへ、8時にみんな集合出来ました。

バスに揺られて、小仏バス停へ 中一の 2人です


さすが、現役、ものすごいスピードで登りはじめるので、途中でスピードダウンさせましたが

1時間足らずで、影信山の頂上へ、


高尾の駅では曇り空で、寒かったのですが、上にたどり着いたときは、天気も回復し、だいぶ暖かくなってきました。15分程度の休憩で、そく次のポイントへと向かいました。

藤森君曰く、目的地は陣馬の湯だそうです。


途中の明王峠まで、朝早いのと平日ということで、他の登山者に会わなかったのですが、さすがに、ここまで来ると10人ほどの団体とすれ違うようになりました。ここも15分程度の休憩でいよいよ陣馬山へ


ぽかぽか 陽気に私は20分ほど昼寝をさせて頂きました。実は初めて陣馬山に登りました。

こんなに、回りの景色が良いとは思いませんでした。写真に写しませんでしたが、遠くの奥秩父、南アルプスの一部が見えました。

12時30頃まで のんびりとした後、目的地の陣馬の湯へ

思った以上の急な下りで、彼らは走るようにおりていきました。(私は年を感じています)


最後は、5人ほどが、温泉(普通のフロ)につかり、思った以上につかれもせず、1日の行動を終えました。

5時前には、自宅に戻りましたが、疲れがでて、テストの採点どころではなく、寝込んでしまい、先ほど(8時頃) 目がさめ、メールを打っています。

今の、中学部員の体力は思った以上で、来年度の夏の合宿が楽しみです。細かな技術的な面や、山に対する気持ち、守らなければならないマナーなどは これからですが。

野本 勇




■ 2004年度 11月山行    野本 勇  [2004/11/3]

本日(11/3) 中2の生徒 7名と 中1(芝山君)の1名で 大月にある 岩殿山に登ってきました。
今回、オープン山行と言うことで、中一に声を掛けて、中一が楽しめる山と言うことで計画をしました。

はじめの計画は、朝のんびりと出かける予定でしたが、山は 朝早く 早めに下山が鉄則ですので、高尾を9時前に発車する電車にしたのですが、結局予定より 40分以上遅れて、大月の駅を出発しました。

見事に、コースを間違え戻ってきました。(近道と思ったそうです)
後ろに見えるのが岩殿山


天候に、恵まれて、40分ほどで 頂上に着き 早めの昼食となりました


12時 前に、兜山と稚児落としへ移動
途中の岩場で、ちょっとしたスリルを味わいました。

今回、みなさん元気で、あっという間に先に行かれてしまい、追いつくのがやっとでした。
久しぶりの 大人数で、これからが楽しみですが、 中一が1名と ちょっと寂しさも有りましたが今後が楽しみになりました。

元気のまま、大月駅 2時30分に 解散しました。私は別の用事がありましたのでそのまま帰ってきました。彼らは、どこそこのラーメンがうまいとか まずいとかで食べて 3時30頃には 帰宅するとのことでした。

野本 勇



■ 2004年度 夏中学合宿    野本 勇  [2004/8/28]

26日より、中二だけで、八が岳の合宿に行ってきました。
天気に恵まれ、それほど日焼けもせずに、遠い北アルプスの蝶が岳も見えました。

 そもそも、今回の合宿は、早い時期からどこか山に登りたいという希望が有り、それでは自分たちだけで登れる山を幾つか、指示したところ、藤森(直)君から八が岳の硫黄岳に行きたいという申し出があり、計画実行したものです。

 夏休みの後半ということもあり、準備会が一回しか行われず、いくつかの反省点が出ました。・・・・生徒は、気にしていないようでしたが・・・・・


26日、美濃戸口に11時10分着 早速入山届けを出させ30分に出発


本日のキャンプ地、赤岳鉱泉に向けて途中何回か休憩を、取りましたが、昔の私なら たぶん怒鳴っていたと思いますが、売店を見つけると何かしら購入している、彼らでした。(右上) 

 予定時間より、かなり遅れてキャンプ地へ やっとの思いでテント設営、中を覗くとゴミだらけ
前回の忘れ物か、靴下まで入っていました。(何時もいっていることですが、帰ったらテントぐらい乾しといて)

 27日、朝3時30分過ぎには、起床(えらい)その後30分ほど みなさんボーとしていました
ならば、もう少し寝かせて。順調とは、言えませんが 8時前に 赤岩のかしらに到着(右上) なかなか

順調なので、横岳を通って赤岳を通っていくかと提案してみましたが、ひとり虫嫌いな生徒がおりまして大変な騒ぎになり、即断念しました。天候に恵まれ、滅多にないチャンスであったのですが。
 でも、おかげで赤岳の勇姿が見られ、1時間ほど頂上で昼寝をしました。

回りの、景色を堪能して、キャンプ地へ (左下 硫黄岳)

 28日朝、早くから撤収作業し、ゴミを拾ってから一路下山 しかし、朝が早かったのか、30分も歩くと本日一回目の休憩、 20分をすぎても 全く動く気配がないので、リーダーを見ると、しっかりとお休み状態でした。(右上)

 何とか、予定していたバスには乗れましたが、思ったより時間が掛かり、美濃戸口で入浴という訳には行きませんでした。   みなさん 次回は しっかりと 山に登りましょう。

追伸 

 ・ 今回、2日目の硫黄岳アタックで、サブザックが出てこない。

 ・ 明日の天気に関して、無関心・・・・天気図の書き方はまだ習っていない

 ・ アタックに非常パックを持って行くように伝えたら、おやつしか出てこない

など、準段階でチェックを入れるべきところが入っていませんでした。いままで、上級生が、普段の山登りの中で、指導していたことなので、準備段階で言葉を掛けただけではだめでした。 特に、非常パックの意味について理解していないようでした。・・・非常パックが必要になるような場所・行動は取らないので、行かせないので必要性を全く感じていないようでした。どんなところでも、非常時は起こるかもしれない、だから必要なのだと話しましたが分かってくれたのか怪しい。 今までも、高校生になると荷物軽減に一番最初に家においてくる生徒がいましたから。

以上

野本 勇




■ 2004年度 夏合宿    野本 勇  [2004/7/29]

久しぶりの夏合宿でした

今回、6月の早い段階から、夏合宿の準備を進めますという言葉に期待を持ち、準備を見守った。

最初の計画から、私の指導力不足の影響もあってか、唐松〜五龍岳の計画から、最終的に上高地〜蝶ガ岳に変わった。

山の楽しさの一つに計画があると思うが、期末テストなどで本格的な、準備をはじめたのは遅いような気がしました。

計画書をみて、食糧計画がいまいちでしたが、今回は、中二が5名・高一が3名 計8名という、近年にない大人数で、高一の諸君はさぞかし大変だったろうと思います。私を含めて3名分の装備が増え増したので、一回ごとの食糧もなんか納得した山行でした。

山のもう一つの楽しさを味わえました

JRの夜行電車の減少から、山に行くのに不便になり、ここのところ朝出て夕方にキャンプ地にたどり着き、即明日の準備でキャンプ地でのんびりとする時間が取れませんでした。今回夜行バスで、朝早く上高地に着き(観光客は朝は少ない)気分良く、出発出来ました。

思った以上に、中二諸君が元気で、思った以上に早く横尾にたどり着き、のんびりと散策できました。予定より30分ほど遅れて、OBの藤井君がたどり着きメンバーがそろったところで、明日の行動予定を含めたミーティングを行い、早々と就寝しました。

23日の朝は、夏合宿(テント生活に慣れずに時間ばかり掛かる)にかかわらず、5時には、出発できましたが、30分ほど歩いて、中二の生徒が喘息を起こし、少し休ませましたが、良くならないので、今後の行動についての判断を出さなければならないので、今回OBの細島さんと藤井君がおりましたので、思い切ってその生徒を私がふもとにおろし、他のメンバーを2人に託して別行動を取りました。

普段の学校生活でも、喘息を起こして救急車を呼ぶことが良くあり、また学校の保健の先生からも、喘息を甘く見ないようにといわれていましたので、最悪の場合を考えて私がおりました。

横尾のキャンプ地で、様子を見るため(1〜2時間程度)ツェルトを張り寝かせました。状態によっては、再度登るつもりでいましたが、8時頃まで咳き込んでいました。その後2時間ほど熟睡し元気を取り戻しましたが、顔色が悪く若干貧血気味でしたが、いつもの様子に戻っており一安心を覚えました。頂上に向かうには遅すぎたので、滅多に経験することのないツェルトでビバーク(キャンプ地だしきちんとテントも張れるしビバークにはならないか)訓練をさせました。彼が僕にいった言葉に我々の天幕を不思議そうに見る人が多い 。 そうです、今の世の中三角形のテントは見かけませんね

というわけで、今回写真等は 取れませんでした。

最後に OBの細島さん 藤井君有り難うございました。

野本 勇



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