[chronicles]



1955年度前半(昭和30年4月〜9月)をふり返って

宗像国夫



鹿島槍東尾根の合宿以後、問題になったのが次期リーダー及びマネージャー決定についてであった。例年は高二の人達が役員になっていたが予算会議が春にあるし,これまでの例でも4月に役員を引継ぐとどうもスムースを欠く所があるので、引継ぎ9月にした方が良いだろうという案がでた。その案は部長先生始めOBや部員の賛成を得たので本決りになったが、高三になった前期リーダーの佐藤信安君が辞退したので僕が9月までの半年間、リーダーを引き受ける事になつた。尤もサブ・リーダーとして佐藤晃君(当時高二)に、殆んど実際上の仕事をしてもらい僕は殆んど山へ行かず、ただ計画やその地の事に目を通し、口をはさむ位の事しかしなかった。

現役部員は、もともと数の多い高一諸君はもちろん高二にも新たに二、三の入部者があり、働ける人数が多くなって非常に楽しくなったのと同時に、佐藤晃君などは大勢のきままな連中をまとめて行くのに、苦労したことと思う。

5月には谷川岳で雪上訓練があった。OBと合同の合宿であったが、その近年に、こんな組織的な、技術が習得できる様な合宿は5月にはなかった事だと思う。これには小倉さんや後藤さんに指導して戴けた。夏の合宿は南アルプスを選んだ。一行十数名(OB三名)の大世帯で三伏峠から北岳、白鳳峠を越えるコースの縦走であったが中学生の人達や、高一の諸君には相当こたえた合宿らしかった。

この合宿が終り9月になってリーダーを佐藤晃君に引き継いたのだが本当に僕は名前ばかりであったので申訳けがない。しかし、この9月の役員引き継きというのは、良かったと思う。高二のサブ・リーダーやサブ・マネージャーが9月迄に相当慣れて仕事を引き継いでも、慌てないでいい様になった事だけでも十分な結果を得られたと思う。(1958記)





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