tome V - 合宿報告8 - 笠原達雄・後藤正彦


page 1/3:三ツ瀑概略(笠原達雄)


誰れしも明るく開けた夜叉神峠に立つたならば眼前に聾え立つ白峯三山の雄姿に感激し、長々と起伏して横たわる山懐に幾本かの渓が深く入り込んでいるのに関心を持つ事であろう。

我々が白峯三山への登攀ルートとして荒川の渓々にルートを求めたのは六年前、1948年の夏に北沢を遡ったのが最初であった。当時は戦時中の空白時代のために荒廃が甚しく、さんざん薮に悩まされ、かろうじて二本の張金を残していた鷲の巣の釣橋をようやくの思いで渡り、辿りついた荒川小屋は、窓は愚か屋根も剥れて優用に堪えず、近くの岩小屋の方も利用したものだ。この山行は、苦労の連続であったので北岳登頂の感激は素晴しかった。この北沢遡行の時以来、間ノ岳及び農鳥岳への登攀ルートとして荒川の渓々への変らぬ関心を持ちつつも機会がなかったが、今年の七月ようやく細沢に入ることが出来た。そして改めて荒川の渓々が我々の前に浮び上って来た。

今日、白峯の縦走路などは小屋が登山者を収容しきれないほど混雑するけれども一歩荒川の沢筋に入ると人と出合うのは稀れで、山から受ける感じも自ら違う。

極めて大ざっぱにいって荒川の本流は、上から農鳥の水を集めて本谷右俣、左俣、アスナロ沢(平賀文男氏による農鳥沢)、間ノ岳からはアレ沢と細沢、そして大唐松の尾根から無名沢〔平賀文男氏によるアスナロ沢)と大唐松沢が合流して広河原に至り、その少し下流に北岳からの北沢がその支流ボーコン沢を入れて注流し、マムシ平で野呂川に合流する。



これらのうち北沢は割合に開けているが細沢及び本谷・右俣は年に一、二のパーテイが入る程度でありアスナロ沢はなお少く、それ以外の沢にいたっては、我々はまだその記録を見ていない。そして名瀑、三ツ瀑附近はその河身通しの遡行が不可能とされ高い高捲きを要求されていたためか三ツ瀑の所在が文献によって様々に記録されている。二、三の例を上げると
  • 平賀文男著「赤石渓谷」
    「本谷は前沢から急に右に迂廻して、両岸は恐ろしく絶壁を形成し、その奥に有名な三ツ瀑の嶮を秘めているのである。其の儘渓谷を遡る事は絶体に不可能なので、その左岸の山腹を攀ぢ登り、約三十分位で少しく左手に逸れて渓谷に近付くと、三ツ瀑は全く前面に暴露されていた。
    岩盤は物凄く屹立して、流れは深く地底を穿ち、本谷とホソ沢の合流する所に、いづれも美事な布瀑を聯ね、本流は落差約 60 メートル、ホソ沢は同じく 50 メートル、そして合流してからその下になお 25 メートル位の瀑をなし 少しく離れて下流には、カラマツ谷の小流れが、約 90 メートル位の瀑を岩崖に垂れ懸けている。


  • 横田松一氏執筆「東京附近山の旅」(続篇〕
    「広河原から本流は両岸迫り絶壁を形成し、三ッ滝迄河身を遡行する事は不可能である。河原と別れ、右手の山腹に取付き、ジクザツクに急坂を攀じ登り、左へ少しく下降すれば、前面の岸壁にトウトウたる声をあげ奔落する三ツ滝が看下される。

  • 渡辺公平、細井吉造、山下一夫著「南アルプスと八ケ岳連峰」
    「広河原を通過して暫時進めば、素晴しい景観が行手を塞いているのを見出すだろう。ほゞ同等の高さを持つ瀑布が三条相並んで堂々落下しているのだ。地図の三ッ滝が即ちこれだ。細沢と本谷と大唐松沢が何れも滝となつて落ちている。一番高いのが大唐松沢であろうか、目測 100 メートルは充分だ。本谷と細沢とは 50 メートル前後はあろう。正に峡谷の一偉観である。
    三ツ滝は難場の一つだが、細沢の滝の向って右手を絡んで行けば大した事はなさそうである。細沢の滝を登り切ると一寸した平地に出るがこれが熊の平と土民は通称している。名前だけに大した平地でもない。滝の上で細沢を徒渉して、細沢と本谷との間の支尾根を乗っ越し気味で絡むように行くと対岸の大唐松沢とアスナロ沢との聞に大きな沢が一っ入っているのが見える。これは無名だが平賀氏等の主張するアスナロ沢である。」


  • 内藤八郎著「白峰、仙丈、駒、鳳凰」
    右手河段丘に朽ち巣てた猟師小屋の跡があり、其の前を通って右手の湿地帯の山腹に取付く。本谷は絶壁の競号で三ツ瀑までは河身は遡行出来無い。ヂツクザツクの急登を続けて、木根岩角に頼り乍ら、山鼻を曲り本谷上部の険崖を左へ少しく下ると熊の平で三ツ瀑が俯瞰出来る。滝壺への上下は不可能である。
    荒川秘渓唯一の巨瀑であると共に、本邦巨瀑中でも屈指の雄物と思われる三ッ瀑は、本谷と大唐松沢が落口上部で合流して、100 メートルを落下し、これと並行して細沢が約 50メートルとなつて落ちている。三ツ瀑の余り完全でない俯瞰を終えて右手の軽弱な草付をからむと、三ッ滝となつて落ちる細沢落口の約70メートル上部の沢身に下る」


  • 千村良介執筆「日本アルプスの旅」
    「次に現れるのが三ツ滝であるが、河身を遡ることは不可能なので、右手の弘法尾根の山腹へとりつきジグザグに急坂を攀じ、左へちょっと下るとこの三ッ滝を見下すことが出来る」

  • 明星山岳会加藤氏執筆「岳人 第二八号」
    「広河原の終るころ右手の弘法小屋尾根の末端に取り付いて三ツ滝を高捲く。本谷はその先で左に旋回し、三ツ滝の懸瀑となる。三ツ滝は本谷と大唐松沢が上部で合流し、100メートル落下し細沢がこれに並んで 50メートル落ちているがその全貌は望み得ない」

  • 朋文堂「マウンテンガイドブックシリーズ」百瀬太郎、高室陽二郎共著
    「河原がせまくなるちつと手前、左手の高台に柱ばかりの猟師小屋があるが、踏跡はこゝから登り出して熊の平へ出、細沢にいったん下る。三ツ滝の遡行は全く不可能」


前記のうち三ツ滝の所在に関する著しい違いは大唐松沢についてである。平賀文男氏は、それを本流より下流に約 90メートルの滝を懸けていると記されているのに対し内藤八郎氏及び明峯山岳会は本谷と大唐松沢が落口上部で合流して、100メートル落下していると記している。我々は本流の滝より、さらに先へ暫く遡ってみたが、それらしい沢は合流していないし平賀文男氏の言う90メートルの滝は確かに本流の滝より下流に認めた故陸地測量部の五万分の一の地図に依る滝の所在が正しいものと思う。

以上から思うに、いまだにこの附近の河身(広河原から三ツ瀑迄)は未踏の地域だと思われる。

勿論、今度の計画は三ッ瀑の試登にあったのではない。最初の計画は本谷左俣もしくはアスナロ沢を遡行して右俣を下り、出来れば三ツ瀑の下まで沢通しで遡ってみようと云う予定であったけれども、連日の降雨のために源流へ足を入れることが出来なかったのは残念だったが三ツ瀑(三ツの滝のうち本流と細沢の滝のニツ)の登攀が成功したことは何よりの収穫だった。




page 1. 三ツ瀑概略
page 2. 行動記
page 3. 登攀ルート

岩燕VI - 大唐松尾根から白峯三山縦走


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