tome V - 合宿報告8 - 笠原達雄・後藤正彦


page 2/3 行動記(笠原達雄)


ここでは紙面の都合上、広河原から三ツ瀑迄の詳細を報告するだけにして他の部分及び全行動の詳細は別の機会に報告したい。以下叙述の都合上日記体とする。


8月31日 - 新宿〜荒川小舎

新宿において部員及びO・Bの方々からの見送り、特に莫大な餞別を戴いた事に対しては、お礼の申しようがない。

新宿を20時12分の甲府行に乗り、甲府で始発のバスに乗り込んだのは、前回と同様だったけれど前回くたくたになって登った夜叉神峠への登山道は今回は遠慮して林道をトラックでつつ走った。しかし懸念していた天気は芦安に着く頃には、とうとう降り出してしまった。トラックは雲の中をぐいぐい登ってくれたのだが、この雨では荒川小屋から先の渡渉は到底不可能なので広河原迄の予定を荒川小屋泊りと決めてしまう。

小屋は今年の七月に新築されたものなので綺麗だが南アルプスの小屋にありがちの薄暗いのは感心しない。



9月1日 - 荒川小舎停滞

雨の音で目を覚ます。窓から外を眺めていた後藤は「駄目だ。とても駄目だ」とつぷやいてシュラーフ・ザックの中にもぐり込んでしまう。互いに、ぶつぶつ云いながら下らない話で一日を過してしまった。




9月2日 - 三ツ瀑往復・細沢の滝登攀

今朝になって漸く小降りになり、昼近くに.なって雨は止んだ。しかし空は相変らず雲に覆われている。食料の点で本谷に入ることは出来ないが、明日はせめて三ツ瀑まで遡ってみようと天気は怪しかったけれど午後からその下調べに出かけた。

小屋の前の釣橋を渡って右岸を 20分程で最初の渡渉が始まる。雨降りの後で水温が高く濁っていて河床がはっきりしない。途中、煙り滝の下で一服し難渋な渡渉を繰り返して行くうちに北沢の出合に来てしまった。身軽だったためか思いがけない程の短時間で、この分なら三ツ瀑の近くまで行けるかも知れないと、なおも遡る、ここから 10分程で広河原の末端に出る。荒川小屋から広河原まで 15回程の渡渉があった。

広河原は地図では想像出来ない程、馬鹿でかい河原で、その上流、河原が終るあたりに本流と南沢の出合いとを分けている山脚が茶褐色の崩壊を見せているのは上流の険悪さを物語る様で無気味である。ここまで二時間程で来てしまった。帰りの時間を見込んでもまだ時間の余裕があるので、これからさき時間一杯遡行を試みることにした。

南沢を左に見送って本流に入ると、すぐに左岸から右岸に移る。間もなく右岸は壁のために左岸に渡渉する。しばらくなめつた石棚をヘズルと岩石を累積した小さな河原に出る。ここから右岸は連続的に 10メートル、40メートル、17メートルと三本の滝を懸けている。河原を過ぎて飛石伝いに右岸へ移り、すぐまた左岸へ戻る。ここから 30メートルばかり小規模なゴルジュを形成している。五メートルの滝を下に見てなおもヘズルと三メートル余りの滝があり、ここに目測300メートル程の滝が右岸に懸っている。水量は非常に少ないから渇水期には流水を見ないだろう。この滝は下からはその上半が.見えないために80メートル程にしか見えないけれど広河原からの捲径からその概要を見ることが出来る。ここで河身は右へ45度の屈曲をなしていて、まもなく 100メートル程の滝をもって水量豊かに大唐松沢が落ち込んでくる、ファインダーを縦にしても三枚写さなければ滝の全貌が入らないのだから、その高さが想像されると思う。登攀可能と思う(ルート図参照〕ここから上流大滝迄再びゴルジュが続く。ここからさき左岸はオーバーハングしていてザイル無しではとても手に負えないと足場を求めて河床に下り連続した五つの小滝の下から三番目の滝壷を対岸に移る。この辺り本流の水が、ほんの一メートル程に狭ばまるので、その流勢に身振るいさせられる。

ここで今度は左へ45度曲り、そこに左岸に 20メートル位のガレ滝が懸っている。正面には堂々たる滝ば(ママ)行手を塞ぐ。高さにすれば 10メートル足らずだが非常に威圧的で魚止の滝と呼びたいけれども、この荒川には北沢合流点附近に同名の滝かあるから一応〃無名の滝が(ママ)と.呼ぶことにした。この滝は附近を包む険悪な空気を一際強めている。左手にルー卜を求めて攀る(ルート図参照〕

この10メートルの滝上で直角に折れてすぐ左岸へ移ると思わず息を呑んだ。突然物凄い滝が目の前に現れた、目もくらむ程の容姿で豊かな水を筒状に落し屹立する岩壁が左右から河身を圧迫し、奔流は渦を捲いていると云うよりも白く噛み合っていると云う方がよいくらいで全く素晴しい。

この壮観は水量と云い、高さと云い、落下状態と云い、南アルプスにおいては無類のものだ。滝壷まで連続する三メートルと五メートルの小滝を越えると左岸がちょっと開けて、そこに細沢が60メートルの滝で落ちている。

今年の七月、細沢を遡行した時は、この細沢の滝の上から本流のゴルジユをのぞいて〔滝上から本流の滝は見えない〕ただその壮観さに見とれたものだが、この白峯の大滝(我々の仲間では仮りにこう呼ぶことにした)を間近に見ると本流の大滝は細沢の滝の此ではない。

平賀文男氏は三ツ滝附近を称して「滝の都」と表現しているが、何と適切な表現だろう。

我々はここでちょっと、とまどつてしまった。今来たルートを引返すにも、やつとの思いで遡行して来たのであるから、そう簡単にはゆかず思案の末、細沢の滝を攀ることにし左岸にルートを取った(ルート図照)

滝上からは捲径を辿って、広河原に下った。広河原に下る頃から今まで小降りだった雨が大粒になって来た。渡渉不可能になってはたまらないという訳で一目散に往路の渡渉地点を忠実に辿り荒川小屋に着いたのは五時頃だった。夕食後、明日は今日行った所のルート図を作りもう一度行くことに決めた。



9月3日 - 白峯大滝登攀

昨晩の中に雨が上つたせいか今日の渡渉はひどく冷めたい。しかし、これで正常だ。

広河原からはゆっくり調べながら前日のルートを辿っていくうちに三ツ瀑の下迄来てしまった。今日は時間の余裕もあり目的のルート図も出来上り後は細沢の滝を攀じて帰るのみなのだが、煙草を燻らしながら白峯の大滝に見入っている間に、この滝も、どうにかルートの見透しがついたので後藤に相談すると彼も何んとか行けるだろうと云うことで試登することにした(ルート図参照)

大体この滝は出だしからして岩がもろく非常に心細い登攀であり又上部の急峻な草付の所で一旦行きづまったが身のすくむ思いで攀登った。しかし落日に立った時の感激は抑えようもなかった。

この感激も束の間、滝上依然として続く薄暗いゴルジユに依って不安な気持に落された。

やがて尾無尾根を越える捲径を見いだし細沢の滝の上に立った。腰を下して本流をのぞいていると危険から解放された安心と、緊張しきった行動に対する執着とが心の中で入り混じり、しばらく二人とも無言の状態だった。

帰路は昨日に較べると時間の余裕もあり雨も降っていないので至って陽気なものであった。



9月4日 - 下山

今日は久し振りに晴れ上つたが帰京しなければならない。入る時と殆んど変らない重いザックを背負いながらも、やれるだけのことはやったと云う気持が幾分なりとも足を軽くする。ふと振りかえって見ると、長雨の後の澄み渡った空に朝日を受けてくっきりと浮び上った間ノ岳の美しい姿、それはこの山行中、初めて見る白峯の山稜だった。


コースタイム

8月31日
  • 夜叉神峠(11:00)〜アユ差(12:00)〜荒川小屋(13:30)

9月1日

  • 荒川小屋(12:05)〜広河原(14:30)〜白峯大滝下(14:55)〜細沢滝上(15:05)〜細沢の滝上発(15:25)〜荒川小屋(17:00)

9月3日

  • 荒川水屋(9:00)〜広河原(11:35)〜白峯大滝下〜(12:15-12:35)〜白峯大滝上(13:55)〜細沢滝上(14:20-14:40)〜荒川小屋(16:20)

9月4日

  • 帰京



page 1. 三ツ瀑概略
page 2. 行動記
page 3. 登攀ルート

岩燕VI - 大唐松尾根から白峯三山縦走



home > history > iwatsubame > I-V > 南ア・白峯荒川遡行2
prev next

(C) 2000-2018, azabu alpine club
text by t.kasahara & m.goto. graphics by n.takano
all rights reserved.

ホーム || これまでの活動 || ギャラリー || コラム || 山岳部員・OB会員のページ || 掲示板 || このサイトについて
岩燕メイン || I-V号 || VI-VIII号 || 那須追悼号 || 岩燕総合インデックス || 管理者へメール