tome IV - 合宿報告2


 

神の川報告

昭和22年度春合宿
小田薫




page 1/3:合宿概要・流域概観


我々が山岳部を創立した時からどこか東京近郊で俗ぽくなくしかも適当に岩を楽しめてスリルを味える所をホームグラウンドとして持ちたいと探し求めた結果、神の川流域に白羽の矢を立て三年間に渡りこゝを研究の対象として歩いてみた。

第一次第二次はこの流域の概念を知る為に縦走形式としたので見るべき結果も少かったが、第三次の時に始めて合宿形式とし、一次二次の経験を生かして相当の成果をおさめることが出来た。

この合宿を最後として我々はバトンを次の人達に渡して麻布の学窓を去るので記念の意味で一つのケルンとしてこの報告をまとめてみたのである。神の川流域にはまだ知られない沢も豊富に残されており、我々の研究も箸についたばかりであるからバトンを受けついだ後輩の諸君等によって更に開拓され研究されることを切に期待するのである。


期日

  • 昭和23(1948)年4月2日〜4月10日
    • 4/2 橋本〜長者舎
    • 4/3 広河原BC
    • 4/4 日蔭沢〜大矢沢〜稜線〜犬越路〜日蔭沢〜大矢沢出合
    • 4/6 佛谷〜蛭ヶ岳〜小谷〜佛谷〜本谷
    • 4/7 日向沢〜檜洞丸〜彦右衛門谷西沢〜本谷
    • 4/8 彦右衛門谷東沢〜檜洞丸〜西沢〜本谷
    • 4/9 伊勢沢〜稜線〜縦走路〜岩水沢〜本谷
    • 4/10 長者舎〜橋本

隊員

  • 小田薫
  • 小倉茂暉
  • 中村太郎
  • 佐近丸彦
  • 内田孝




一、神の川の概略並に本谷

長者舎(当時)
丹沢山塊の地図を拡げてみると左の方に大きな川が流れてゐるのが、すぐに眼につく。つまり中川川だ。そしてこの中川川の大きな支流として玄倉川が眼につく筈だ。この玄倉川をたどってゆくと左俣は丹沢山塊の怪峰檜洞丸へと突きあげ、右俣は同山塊の主峰である蛭ヶ岳へと突きあげてゐる。そしてこの檜洞丸と蛭ヶ岳を結ぶ線が本山塊の主要なる分水嶺をなしてゐるのであるが、この尾根に北面より喰込んでゐる沢が神の川なのだ。

このやうに神の川は丹沢山塊の主峰蛭ヶ岳と名にし負ふ怪峰檜洞丸の水を集めて北流し山の神で犬越路、大室山よりの水を集めた日蔭沢を合して道志川に落ち込んでゐるのである。

神の川に入るコースとしては、横浜線の橋本からと、上野原から厳道峠を越えるもの谷村から道坂峠を越えるもの又ユーシンよりユーシン沢を遡行して神の川乗越より下降する等あるが前二者が普通のコースである。

さて橋本から入っても、上野原から入っても可愛尾根をからんで社宮寺沢の出合で神の川の河原におり立つ。たいていは、炭焼きの橋がかゝってゐるので、渡渉しなくてもよいが、大雨の後は冷い渡渉だ。四月頃だと頭の心まで冷たくなってしまふ。社宮寺沢の出合から長者舎までは約三十分。朝橋本をたつと四月頃ならもう薄暗くなってしまう。小園さんの所に泊まってもよいしもう少しがんばって、山の神迄行っても良い。こゝには、小さな小舎?があるので假泊位なら出来る。

山の神で右から入ってくるのが日蔭沢であるが、この支流として大室山に突きあげてゐる大矢沢(大石沢)は今まで、ほとんど紹介されなかった沢だが、相当手強く興味ある沢である。稜線に出てからのアルバイトは非常なものだ。

日蔭沢を見送って眼の前にある山の神堰堤を越え、歩きにくい河原を行くと矢駄沢、小洞と二つ堰堤があるが、何れも右が捲ける。広々とした河原も小洞堰堤を過ぎるあたりからやうやく狭くなり、右岸に伊勢沢が入ってくる頃に[な]ると、沢らしい感じが出てくる。伊勢沢は四十米の大滝があるので有名である。出合から稜線迄は三時間位だ。


伊勢沢を左に見送ると、すぐに左岸から険悪をもって知られてゐる日向沢が倒木の向から落ち合ってゐる。出合はがしで狭められ、きたない沢だ。険悪と云っても七つ連続して落ちてゐる滝を捲けば興味のないガラ沢だ。この七つの滝は一つ一つ滝壷に立って見ると素晴らしい。ザイル無しでも注意すれば降られる。

日向沢の出合で大きく左折すると広々とした広河原だ。神の川流域をアタックするにはもってこいの天幕地。毎年々々暴風雨の後は流れが変って、台地も変るから前の年の天幕場も翌年はどうなってゐるかわからないから注意を要する。普通は右側の高い台地が絶好の天幕場のやうだ。

この広河原に左岸からそそいでゐるのが彦右衛門谷である。彦右衛門谷は終始靴で登れるガラ沢で右俣でも左俣でも檜洞丸に出られる。たゞ左俣はものすごいスズ竹になやませる[ママ]。右俣は全然ブッシュがない。早春だと右俣は北面の為に雪が氷ってゐるから、ピッケル、アイゼンは必要だ。降りはグリセードが楽しめる。

広河原が日向沢に始まればそのしめくくりは岩水沢だ。広河原を出てすぐに右岸から落ち込んでゐる。非常に短い沢で、主脈縦走路に出るには時間的にも、アルバイトの点からも、最も経済的な沢だ。

神の川本谷魚止の滝
岩水沢を見送って右折すればそこに魚止の滝がかゝってゐる。水量は豊富なので実に見事である。たゞアイオン颱風の為にそれ迄は二絛だったのが一絛になってしまった。さて、この滝は右側を簡単にトラーバスして突破する。明るいスラブの上をしばらくゆくと正面に佛谷を入れて本流は大きく右折する。佛谷はその奥に蛭ヶ岳の大崩壊を秘めてゐるのでよく知られてゐる。二つばかり攀りがひのある滝がある。支流の小谷もまんざら捨てたものではない。岩水沢と共に下降路に用ひられるが岩水沢よりもアルバイトだ。

佛谷を見送っても以然として水流は少しも減ぜず、いささかの退屈気味である。やがて奥魚止の滝だ。周囲はアイオン颱風の為に大崩壊してゐる。奥魚止の滝はこの崩壊のない前はもっと高度もあり、アンサウンドロックの為に、相当緊張した登攀を強いられたが現在ではずっと明るくなって登りやすくなった。かへって右側のスラブを登って滝は捲ひた方が面白い。

人気の沢が入ってくる頃になれば、さしもの水量も急激に少なくなりやがて二俣だ。右俣は金山谷乗越へ、左は神の川乗越への沢である。ユーシンへ下るならば、神の川乗越の沢の方がよい。最後には丹沢特有のガレ場もなく簡単に稜線に出られる。しかし稜線はものすごいスズ竹でわずかに「かもしか」のトレールがついているだけである。(最近、蛭ヶ岳〜檜洞丸間に切り通しが出来たと聞く。)乗越からでもよいが、少し臼ヶ岳よりに登ってスズ竹の上を滑るやうにして下ればユーシン沢へ下れる。長者舎からユーシンへはゆっくり行っても八時間位である。だから御殿場線の「矢蛾」まで歩くつもりならその日のうちに帰京する事も出来る。

タイム
長者舎(7:10)〜山の神(7:35)〜矢駄沢堰堤(8:00〜8:10)〜伊勢沢(8:45)〜日向沢(9:00)〜彦右衛門谷(9:15)〜魚止の滝(9:30)〜佛谷出合(9:55)〜奥魚止の滝(10:25)〜二俣(11:20-11:30)〜神の川乗越(12:40〜13:00)

神の川流域で登攀の対照[ママ]となる沢は大矢沢、伊勢沢、佛谷位のものである。何れも稜線はものすごいスズ竹の為に予期以上のアルバイトを強ひられる。これだけは期待し過ぎたと云ってがっかりするといふ事は無いであらう。三つ道具ザイルの類は、大矢沢を完全遡行する以外は不要である。




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page 2. 伊勢沢・大矢沢
page 3. 彦右衛門谷・日向沢・佛谷・小谷・岩水沢


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