tome IV - 合宿報告2

 

神の川報告

昭和22年度春季合宿
小田薫


page 2/3:伊勢沢・大矢沢

二、大矢沢(大石沢・大岩沢・おおやさわ)

二日続いたさしもの豪雨もやうやく止んで水量も半分位になったから出掛ける事にした。それでも腰迄の水位では一人ではどうにもならない。三人スクラムを組んでやうやく渡る。雪どけの水は冷たくブルブル震へながら大矢沢の出合に着いた。太陽はやうやく蛭ヶ岳の肩から顔を出して、我々に慈父のような暖い光を投げかける。一点の雲も無く晴れ渡った空に、思ひ切り叫ぶヤッホー。私達の顔色はまたたくまに朗らかになっていった。

ガラガラの沢の中に、F1を軽く攀ると、右手に素晴らしいバットレスが聳えその間にルンゼが一本喰込んでゐた。「あれを攀らうか」などと話ながらも足の方はおかまひなく、F2、F3 を越えてゆく。少し伏流になったが、また水が出てくる頃になるとゴルヂュとなり、二十五米ばかりの第六の滝が行手をはゞむ。 水量は非常に豊富だ。右側のクラックを突張って登る。この滝のすぐ上に枝沢が落ち合ってゐる。折重なるやうに続く滝を越えてゆけば又も二十米位の滝だ。 F10 の滝で二段に落ちてゐる。

こゝ迄はたいした事も無く来たが、F14 の滝は中々しょっぱい。狭いゴルヂュの中をとうとうと落ちる水は真白に磨かれたスラブを濡らして中々デリケートなバランスを強いられる。とうとう最後、落口の所で小さなバンドも無くなってしまった。たった二本で落口だ。しかし三ッ道具もザイルも無い我々としては手の下しようも無い。仕方なく引き返して左側のじめじめした窪を登り F15 の滝も共に捲く。このトラーバスは大矢沢で最も悪いものであった。フワフワの草附のバンドは浮石と共に崩れ落ちさうになりラストは特に苦しい所である。

滝上で一息ついて F16 三段の滝を登る。あんなに晴れてゐた空に積乱雲がもくもくと発生し、姫次から蛭にかけての稜線は先程の狐色から黒々とした灰色に変ってしまった。その中に伊勢沢の大滝が白布のやうに眺められる。

中食を摂って傾斜の急になった沢を遡ればやがて二俣だ。この頃から大粒の雨が降りだしてきた。ガレを避けて中間の尾根に出る。草附は未だに芽が出ず、去年の枯れた草は雨に濡れてぬるぬるしてゐて、あまりいゝ気持ではない。いつのまにか「ガス」に捲かれながら、大室山の左肩に出た。かすかなトレールがついてゐる。三人で感激の握手をかはし、直に犬越路に下る。前々からこの道のアルバイトな事は聞ひてゐたが実にものすごい所だ。ビッチリ茂ったスズ竹の中をカモシカの踏跡があるだけだ。犬越路迄一回も立つ事が出来ずに四つんばひになったまゝ下る。半べそになりながらやっとスズ竹の拷問を脱して犬越路についた時は嬉しかった。思ひ切り背伸びをしながら、「おい!! 体がかもしかに似てゐないか」などと冗談が飛び出す程であった。

天候も回復してきたし、無事に帰れた嬉びとで心はいつになく朗らかであった。

犬越路から林道を下らず日蔭沢を下る[。]一ヶ所下降しにくい滝があるだけ。それでも大矢沢の出合迄案外時間を喰った。

附記。F14 の滝はハーケンを打って(薄目のが良い)ザイルトラーバスすれば直登できる。なほ大室山から犬越路迄は何度も云ふやうにものすごいアルバイトであるから、大矢沢ではエネルギーを出し切らぬようにせねばならない。

タイム
長者舎(7:09)〜山の神(7:35)〜大矢沢出合(8:07-8:35)〜中食(10:28-10:40)〜二又(11:30-11:35)〜稜線(12:00-12:10)〜犬越路(14:20-14:30)〜大矢沢出合(15:25)〜休(15:40-16:00)〜長者舎(16:35)



三、伊勢沢

合宿も今日で五日目、同行者も居ないので一人で伊勢沢に入る。出合にはゴトウ(丹沢ではガマ蛙の事をゴトウと云ふ)が一杯居て食欲をそそった。

ゴトウの見送りを受けて少し行くと第一の滝だ。二段に落ちてゐる小さい滝だがシャワーするので憂鬱だ。滝上で再びゴーロ状の河原となり二つ三つ小滝を越えると F5、十五米の滝にぶつかる。この辺より暗いゴルヂュとなり左側には威圧的な岸壁が朝日に照り映えて聳えてゐる。井戸の底から空をのぞいてゐるやうだ。ゴルヂュを抜けると沢はぱっと開けて三分する。左流は直角に右折して滑滝を懸けてゐる。正面には三十米位の滝が真白になって落ちてゐる。伊勢沢の真価はこの辺より発揮されるのだ。滑滝に足の裏のむずがゆくなるのを感じながら左折して、二段の滝を越すと四十米の大棚が豊富な水流をとうとうと落して豪快極まりない。気負ひ立つ心を静めながら左壁にアタックする。岩は軟弱で、ボロボロしてゐるが、細いホールドが無数にある。二ヶ所ハングした所を右にトラーバスして落口に出る。さすがに悪い気持はしない。ふりかへると大室山に喰込んでゐる大矢沢が手にとるやうだ。一人ぼっちなのでちょっと休んで出発する。滝上で水はどこへ行ったのか急に無くなってやがて二俣に達するとほとんど無くなってしまった。まだ時間は早かったが中食にした。

二俣は右に入る。稜線までガラガラしたルンゼが続いてゐる。最後の赤つちのガレには随分悩まされたがピッケルでジッヘルしながらやっと稜線に出る。縦横にけもの道がついてゐた。昨日この辺に中村と岩水沢の降り口を探しながら迷ひ込んで「ゐのしし」に追ひかけられたのでびくびくしながら縦走路に出た。

昨日どうしても解らなかった岩水沢を探したが、やはり解らない。縦走路を二三回往復する。岩水沢は非常に短い沢で、地蔵の頭から出てゐる尾根に突きあげてゐるらしい。仕方がないので小谷の源頭から尾根をトラーバスして岩水沢に出る。途中で出合ったカモシカの大群はまるで西部劇でも見てゐるやうな壮観さであった。

タイム
B.C.(9:20)〜日向沢(8:23-8:25)〜伊勢沢(8:38-8:45)〜三つ又(9:40)〜大滝下(10:00)〜大滝上(10:07-10:17)〜二又(10:40)〜中食(10:50-11:00)〜稜線(11:45)〜縦走路(11:55)〜岩水沢下降〜B.C.(14:50)




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