tome IV - 合宿報告2


 

神の川報告

昭和22年度春季合宿
小田薫


page 3/3:日向沢・彦右衛門谷・佛谷・小谷・岩水沢



四、日向沢

日向沢大滝を攀じる
広河原の天幕から五分も下降すると、もう日向沢の出合だ。大石や倒木に埋まったきたない沢である。入ってすぐ右に支流が落ち合ってくく[ママ]。倒木を利用して進むと正面に大崩壊があり、沢は右折して大滝が懸ってゐる。十五米位あらうか。外からでは岩にかくれ全貌は見えない。直登するなら、左側の岩壁を登るのであるが、岩がもろく、頭からシャワーするので実に冷い。初めて日向沢に入った時ハーケンを二本打って後わずかといふ所で遂に落石の為敗退した。

さてこの第一の滝を右側に捲いて河原に降りる。深いゴルヂュの中に立つと二十米位の滝が三つばかり続いてゐる。忠実に一つづつ見ていく。最後の滝は扇の滝と云って丁度白扇を広げたやうに美しい。こゝで沢は左折して後はゴーロとなりもう興味もないガラ沢だ。小滝が二つばかりある。最後のガレは相当傾斜もありあまり気持のよいものではないので右に逃げる。こばいけい草の茂る中をどんどん競走的に登ると檜洞丸の頂上に出る。そのまゝ向ふ側に下れば檜洞沢だ。

タイム
日向沢(9:30)〜大滝(9:45)〜直登を試みて二時間ロス。大滝上(11:45)〜扇の滝(12:45-14:00)〜檜洞丸(16:00)


五、彦右衛門谷

今日も快晴だ。五人で檜洞丸に行く事にする。天幕の正面にそそぎ込んでゐる彦右衛門谷に入るとすぐに十二米ばかりの滑滝がある。これを過ぎると小さい滝が四つ五つあって東沢と西沢の別れ目だ。東沢を登って西沢を降る事にする。



東沢を少し遡ると崩壊があり、百五十米ばかり伏流となる。伏流を過ぎてあまりパットしない沢を行くと右折してもう水がなくなりいつのまにか、スズ竹の中を登ってゐた。ところどころけもの道があるが、すぐにわからなくなる。悪戦苦闘大矢沢ですっかり参ったスズ竹くぐりを又又やらせられて散々当たり散らしながらやっとの事で檜洞の頂上に出る。気晴らしに木に登って写真をとったり、さかだちしたり思ふ存分暴れ廻る。

西沢は全然ブッシュはないが北面なのでいまだに残雪があり、しかもカチカチに氷ってゐて度々緊張せざるを得なかった。全部雪渓ならグリセードが気持よいのであるがガレと混ぢってゐるので仕末が悪い。

水が出て来て八米ばかりの滑状の滝を下ると東沢と同じ程のガレがあり伏流となってゐる。その下に十五米ばかりの滑滝がありそれを降れば東沢の出合だ。岩から岩へ飛ぶ度にナーゲルがチビないかと冷や冷やする[。]いまだ日の高いうちに B.C. にかへりついた。

タイム
B.C.(7:55)〜西沢出合(8:35-8:50)〜最後の水流(9:35-9:55)〜檜洞丸(11:35-13:15)〜十五米の滝(14:55)〜東沢の出合(15:15)〜B.C.(15:35)


六、岩水沢

伊勢沢遡行の帰路に用ひたのであるが降り口を見つけるのに苦労した。こゝを下るには縦走路が地蔵の頭を右(姫次の方より来て)に捲くところをしゃにむにスズ竹を押しわけて地蔵の頭に登りそのまゝ頭から派出してゐる尾根を下ればよい。

私は伊勢沢の所でちょっと書いたように小谷の源頭より尾根をトラーバスして岩水沢の源頭に出た。

ガレをぐんぐん下ると下の方で猛烈な砂煙りが上っている。ハッとして見てゐると、カモシカの大群が通ってゐる所だった。すっかり気を呑まれてしばらく見送ってゐたが、気を取り直して更に下ると十三米位の可愛い滝上に出た。ナーゲルが快適にきく。その下は伏流になってゐた。単調なゴーロの河原を下ると同じやうな沢が右岸から入って来た。さしずめ二俣といふ所であらう。この沢を眺めるとどこに出るかちょっと検討がつかない。とにかくこの辺の地形は複雑だ。このやゝ下流に小さい滝が四つばかりあって最後に十五米ばかりの棚があって終ひ。もう神の川の本流だ。

タイム
地蔵の頭(12:05-12:30)〜岩水沢源頭(13:30)〜本流出合(14:45)〜B.C.(14:50)




七、佛谷

今日小倉が帰京すると云ふので蛭迄送ってゆく事にして佛谷に入る。

神の川本谷魚止の滝にて
F2 はわずか[八]米位なのに上れず左側を捲く。ざらざらしていやな所。やがて広河原となり左から小谷が入ってくる。三人で勝手な熱をふきながら[ママ]行くと赤茶けた壁にぬるぬるしたこけをつけた大滝にさへぎられる。右側の水のひたゝるチムニーのやうな所を上って落口へとトラーバス。長い草が生えてゐる。奥の方で時々ゴーと岩雪崩の音がする。やがて二俣となり右に入るとネヂレの滝がおちてゐる滝壷には、くっちゃりになったカモシカが居た。いささか不気味。この滝もやはりぬるぬるしてゐるがホールドは堅いので快適だ。ルートは左側。

急に水量が少なくなったので中食を摂ったが、後で気がついたら丁度そこのところが扇の要のやうになってゐて、落口が集中するところであった。「知らぬが佛」なんて云ひながら大崩壊を登り出す。ルートは二本見当るが左は不可能だ。シャベルを持って行って、大きな穴を掘れば登れるかも知れない。まあそんな事は高下駄で沢を遡行しようといふ人にでもまかせて僕達は右側を登る。瞬時として落石は止まずいんいんとしてあたりの空気にこだまする。途中から残雪があり、実に不安定な草附となる。止まってゐるとずり落ちるので仕方がない。もそもそ動いてゐるピッケルで足場を切りながら、やっと稜線に出た。真白な富士山を背に蛭ヶ岳の頂上に着いたのは一時。

この大崩壊を登る事はいはゆる「労多くして益なし」と云ふ奴で何等登攀価値がない。ずっと右に逃げて熊笹の生えた尾根を登った方がよっぽど利口だ。

帰路は岩水沢を下る予定だったが発見出来ず安全をとり小谷を下る。

タイム
B.C.(8:15)〜岩水沢(8:23-8:30)〜佛谷(8:50-9:03)〜 F2(9:15-9:30)〜休(9:45-9:50)〜中食(10:55-11:40)〜稜線(12:45)〜蛭ヶ岳(13:00-14:00)〜地蔵の頭(14:30-15:30)この間原小屋沢の頭との間二往復する。小谷源頭(16:13)〜B.C.(18:10)


八、小谷

佛谷の一支流である小谷は遡行の興味は少いかも知れないが岩水沢より変化に富んでゐて面白い。ナーゲルの下降は、大滝がしょっぱい。地蔵の頭の少し手前蛭から来て縦走路が地蔵岳を越えて北面に移るところ、即ち原小屋沢側に入らうとする所にガレがある。こゝから下降すれば、最初はスズ竹のやぶであるがやがて水があらはれる。しかしすぐに伏流となる。この辺は倒木が多い。しばらく下る右岸から水のある沢が入ってくる。これが本流らしかった。やがて三段十四米位の滝があり、この辺からゴルヂュとなって二十五米ばかりの大滝に達して小谷のクライマックスとなる。大滝は左岸を倒木を利用して下る。このすぐ下に大崩壊があり沢は完全に埋まっていゐる。下から登ってきたのではちょっと沢はどこにあるか見当がつかないであらう。これを過ぎれば小滝があってもう佛谷の出合だ。

タイム
小谷源頭(16:13)〜大滝(16:47〜16:55)〜佛谷出合(17:15)〜金山谷出合(17:37)〜 B.C.(18:10)

<昭和23年5月1日記す>




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