tome V - 合宿報告4


 

遠見尾根

昭和31年度春季合宿
三島秀介・小林隆志・佐藤義昭




page 1/2:合宿概要・合宿報告1/2


計画、準備

今度の春山合宿を遠見尾根で行うと決定したのは、夏山合宿が終ってからのリーダー会において冬山合宿と共に一応選定し代表指導委員の小倉氏と相談の結果決定したのである。高二部員の数が多かったので比較的大きな合宿を行うことにし、B・H、C1、C2の三点を設け小規模な極地法形式をとる事をこの時に決定した。直ちに無雪期の現地偵察を考えたが秋には休みがないので、夏休みの終る9月初めに三島、佐藤の二人の高二部員によって三日間の偵察を行い、B・Hの法大小屋、C1の大遠見、C2の白岳のキャンプ・サイトを決めルートの偵察を行った。二学期が始まるとすぐ例会を開き、春山合宿の概要の発表と遠見尾根の偵察報告を行う。同時に冬山合宿の概要も発表する。冬山は春の合宿に備えて雪中幕営と山スキーの訓練を中心に白馬岳の天狗平にA・Cを建て早大ヒュッテをB・Hとして行う事に決定する。この時各係は高二を主任としてそれぞれ食料、器具、燃料に高一を一人づつ配置するようにした。

11月に入ると今迄の週二回のトレーニングに研究事項を決め各々に講師を決めて発表するようにした。研究事項は「スキーについて」、「雪中幕営」、「雪中技術」、「冬山気象」等で主に参考とした本は、勝田氏の「積雪登山」、早大の「積雪期登山」、「山岳講座六巻」、「岳人」等である。トレーニングに12キロのランニングを一時間位で行い後は柔軟体操を行った。

冬山合宿も終り三学期の始めにリーダー会にて、本格的な準備段階を決め、具体的な行動を小倉氏と相談して決定しそれに従って各係の準備も本格的に行うようになった。積雪期の偵察は、2月19日から二日間、小林、高林、鈴木の三人によって行われ、団体装備の約半分を法大小昼の管理人である下川氏宅に運んだ。この時は現地購入の食料(餅、米、野菜類)と石油の交渉と法大小屋迄のルート偵察及び白馬村観光協会への挨拶をして来た。今迄の合宿参加、不参加で隊の編成に変動があったが、もうこの頃にはほとんど決定し五竜、唐松へは全員が交代で登頂することにし、全員を三隊に分けた。

3月の学期末考査の後、合宿迄一週間、直ちに各係は最終準備の段階に入った。食料を購入し天幕別にダンボール箱にパックする。器具は修理はすんでいたので不足器具の調達、点検等で非常に忙がしく、トレーニングも三日間位行いあとは各自出発迄体のコンディションの保持に努めた。先発の出発前日、高一の岩生が足の故障の為参加出来なくなったが、幸に先発の分を深沢が、本隊の分を佐藤が代って参加することになった。かくして先発四名が23日出発し計画実施の段階に入ったのである。


目的

  1. 雪中幕営及び氷雪技術の習得。
  2. 団体精神の育成及びリーダー・シップの涵養。
  3. 五竜岳及び唐松岳の登頂。

期日

昭和32年3月23日(先発)、25日(本隊)〜4月6日


隊員

  • C・L三島秀介(高二)個人装備
  • S・L小林隆志(〃 )会計
  • 高林英之(″ )食料
  • 榊原隆彦(″ )燃料
  • 萩原賢一(〃 )医療
  • 佐藤義昭(″ )器具
  • 深沢益夫(〃 )先発だけ参加
  • 鈴木武夫(高一)食料
  • 綱島 滋(〃 )燃料
  • 三浦正人(高三)28日より参加
  • 坂 和磨(〃 )29日より参加
  • 大橋 弘(″ )27日より参加
  • 小田 薫(OB)29日より2日迄参加

隊の編成

  • 先発隊 小林、深沢、鈴木、綱島
  • I隊 小林、榊原、鈴木、大橋
  • II 隊 三島、高林、綱島、小田
  • III 隊 佐藤、萩原、三浦、坂
  • 在京連絡本部 佐久間義敬(高三)
  • 現地連絡所 北安曇郡神城村 下川盈泰

行動予定

団体装備

  器具名 BH CI CII 合計 備考   器具名 BH CI CII 合計 備考




テント一式 No.54 0 1 0 1 ミード型   タワシ 2 2 2 6  
テント一式 No.56 0 0 1 1 ミード型 テルモス 0 0 1 1 二升入り
ビニールシート 0 1 1 2   ナベ 大3 小2 小2 7  
マット 0 4 4 8 ヘヤーロック



ザイル(ナイロン) 0 1 2 3 8mm40m
スコップ 0 1 1 2   ザイル(麻) 2 0 0 2 11mm30m
ナタ 2 1 1 4   輪カン 2 2 0 4  
ノコ 2 0 0 2   ツェルト 1 0 0 1  
ブラッシュ 2 2 2 6   ハンマー 0 0 2 2  




ラジュース(大) 0 1 1 2 スベアー カラビナ 0 0 2 2  
ラジュース(小) 0 1 1 2 スベアー ハーケン 0 0 10 10  
コッフェル 0 1 1 2  


スキー修理具 1 0 0 1  
オタマ 2 2 2 6   ラジオ 0 0 1 1  
シャモジ 2 2 2 6   寒暖計 1 1 1 3  
包丁 2 2 2 6   赤布 0 0 0 0  
モチアミ 0 1 1 2   細引 0 0 0 0  


燃料表

    一日使用量 BH CI CII 合計
滞在日数   8 6 4 -


ローソク 2.5本 21 17 12 50
石油 0.5ガロン   4 3 7
軽燃 1.5個   9 6 15


ラジウス     2 2 4
ガロン     4 3 7






合宿報告

各隊行動日記


先発隊行動日記

3月23日

我々の一年間の総仕上げともいうべき春の合宿はいよいよ今日から開始される。丁度終業式の日なので大分あわただしかったがどうやら仕度をして新宿へ向った。折から国鉄のストライキがあり気をもまされたが、それも夕方には解決して無事に23時45分発準急アルプス号に先発隊四名は大きな荷物をしょい込むことが出来た。


24日

神城迄は乗換が二度もあるので大変である。頭にのせたり手にぶらさげたり一苦労してやっと神城駅におりたった。雪が盛んに降っている。下川宅に着くと頼んでおいたはずの餅や野菜は用意していないという。驚いて話を聞いてみると後からハガキに石油のことだけしか書かなかったので、二月に頼んでおいたものは買っておかなかったということだ。しかし明日迄には全部まにあうようにしてくれるというのでまず安心した。それからパッキングをすませ朝食をとってから第1回目の荷上げに出発した。

スキー場から輪カンをつけてスキー場の真中から尾根にとっつく。遠見尾根には大分登っているらしく下ってくる人に多勢会った。スキーにシールを張ってかついで行ったのだがスキーが使えるような所はなく、いいかげん馬鹿らしくなって来た。しかし水飲場をすぎたあたりからいくらか広くなリ又雪もやわらかく大分もぐるのでスキーをはくことにした。しかし深沢はシールがあわず綱島と輪カンのまま歩き続けた。この頃から天候がくずれ出し強風に雪がとばされて真正面から吹きつけられて、それこそ目もあけられないような状態になってしまった。おまけにガスがかかり小屋に着くまで大分苦労させられた。小屋には法大山岳部の方がいて、我々は熱い砂糖湯等をごちそうになり遅い昼食をとった。そうこうしているうちに風は止んで来たし時間も遅くなって来たので、明るいうちにスキー場まで行こうと大急ぎで下った。スキー場についた項には太陽はすでに没しあたりはすっかり暗くなっていた。


25日

今日は二度荷上げをしなければならない。昨夜パッキングをしておいた荷物をしょって6時30分出発。スキーは昨日法政ヒユッテに置いて来たので非常に楽である。天候も悪くない。尾根を登りながら後をふりかえってみると神城や四谷のあたりがまるで箱庭のようにされいにみえる。中継所の上で法政の人と出合った。水飲場をすぎると輪カンをつけていない小林はもものあたりまでもぐってしまい、ぐっとピッチが落ちてしまう。輪カンの有難味をつくづくと思い知らされる。

ヒュツテに荷物を置いて急いで下川氏宅に引きかえす。1時5分前であった。昼食をたべ二回目の荷上げに出発する。餅を二斗四升、石油7ガロン、スコップ、ビニール・シート、ツエルト・ザツク等である。天候は又くずれてきて雪が降っている。いやに天候の変化がはげしい。中継所の上迄行った頃、雪もしだいにはげしくなり時間も遅くなったので荷物を木の根もとにデポして下る。明日はいよいよ本隊到着だ。



本隊行動日記

25日

新宿駅20時集合。先発隊が相当荷を持って行ったので今迄の合宿にくらべて荷は少なかった。隊は三島、高林、佐藤、榊原、萩原の五人。 17時項から中学生が席を取っていてくれたので楽に座れた。現役、OB等多数の見送りを受け準急アルプス号は新宿駅を難れていった。


26日

8時過ぎ神城駅へ降り立つ。雪がちらほらと降っており積雪の状態も冬と変らない様であった。直ちに荷を背負って駅を出ると先発の四名が迎えに来た。駅から二、三分の法大小屋の管理人の下川氏宅へ行く。先発の荷は一応B・Hへ上げてあるので本隊の荷を配分しパックして直ちに出発する。スキーはB・H迄全員かついて登る事にし、五人が輪カンを着け交互にラッセルをスキー場から始める。小屋の裏手の急斜面から正面の小尾根に取付く。二時間程ヤセ屋根を登ると中継所に着き昼食をとる。止っていると風が相当冷く感じられ、足を動かしていないと凍傷になりそうである。ここ迄は相当に急で、ここからは少し尾根幅が広くなる。上部の遠見尾根の主稜へ出る附近からは木もまばらになる。風雪は上へ行く程強くなり視界も大分きかない。綱島がバテ気味であったがそのうちに元気になる。尾根が展けて平らになるとしばらくして法大小屋に着く。雪は丁度二階の所迄積っている。直ぐに着がえて休息してから先発が前日デポした荷物二〇貫を小林、佐藤、深沢、鈴木、綱島の五人で取りに行き他は炊事と薪取りを行う。手頃な立木を見付けるのに大分手間をとりタ食がおくれる。寝る前に明日荷上げするC1用露営用具をまとめておく。

27日

炊当起床5時が15分遅れ薪不足の為朝食がおくれる。前日わけた荷をパックし出発する。今日はC1建設である。昨日の風雪もおさまり晴れ上る。小屋から後の地蔵の頭の鞍部へ出ると天幕があった。そこから森林帯を直登すると小遠見、天狗岳がよく見える所へ出る。ここから小遠見迄の間は実に気持の良い登りである。前日雪が大分降った為輪カン無しの者は後でもモモまでもぐってしまい大分遅れた。小遠見まで登ると遠見尾根が全望されたが鹿島槍、五龍、唐松は雲に隠れていた。右の白馬連峯、八方尾根は深々と雪が積っており実に素晴しい冬山の感を生じている。昼食をとっていると風が出始めたので早々に出発する。遠見までは尾根幅もあり平川の方へ相当大きな雪庇が出ている。中遠見の起伏を越えてしばらく登ると尾根幅の広い大遠見に着く。しばらく進んで行くと次第に絶好なテント場になってきた。雪の堅い所を見つけて直ちに建設にかかる。約一時間で終了。フレームを忘れた。空も曇り出し風も出てきたのでI隊と明日の打合せをして II 、III 隊は飛ぶ様にB・Hに下る。小屋に着くと大橋さんが登ってきていた。今日は白樺を沢山取って来たので不自由はしなかった。明日荷上げするC2用露営用具をまとめ荷分けして寝る。

28日

炊当5時起床。今日はC2用の露営用具をC1へ入れる。朝食前にC2露営用具をパックする。B・H出発8時30分。前日のラッセルのためピッチが上る。地蔵のコルで始めて目指す五龍、唐松の雄姿を仰ぐ。小遠見迄の時間は前日より一時間短縮された。大遠見の登りで映画撮影の三木氏の一行に追いつき、さっそくC1迄3カット程とる。荷を天幕内に入れてI隊の帰着を待っていると白岳の斜面を二人下って来るのが見えた。I隊と合う予定であつたが伝言を紙に書いて12時15分下る。大橋さんと三木氏の一行は3人を迎えに行く。B・Hヘ下ると三浦さんが着いていた。新取りをし、夕暮せまる頃B・Hの附近で存分にスキーを楽しむ。素晴しい夕暮に明日の天気を約束してB・Hへ入る。

29日

炊当4時20分起床。素晴しい天気である。 II 隊はC1テント入りの為個人装備持って7:30出発。III 隊もC2建設に参加する事になり今日は荷物もないのでピッチがぐんぐん上る。小遠見迄一時間で行く。ここで始めて鹿島槍の全容を望むことが出来た。カクネ里、北壁は実に威圧的で素晴らしく岳人の胸をときめかす美しさである。鹿島槍をながめつつ間もなくC1に着く。直ちにC2用露営用具を全員でパックし白岳へ向う。西遠見迄は幅の広い尾根が二、三の起伏を越えて続く。平川の方へ相当大きな雪庇が出ている。いよいよ最後の白岳の相当急な大斜面にかかる。白岳沢から雪崩が出たらやられる可能性がある所で、この斜面も雪崩る可能性が充分にある。ここから見る五龍東面の岩壁も迫力あるものであった。白岳は白と青のどぎつい程のコントラストに雪煙を上げマナスルの映面を見ている様であった。斜面の上部にルートをとり快適な登高のうちに白岳に立つ。頂上は夏に見た時よりも大分広く天幕が二張張れそうであった。 一度白岳小屋の所へ降りて天幕場をさがしたが、雪のある所は雪庇の上なので白岳の頂上へ引返し直ちに場所を定め建設にかかる。所用時間1時間15分。風は立山の方からまともにうけるので厳重にブロックを積む。明日の打合せをし I 隊と別れC1へ 下りC1でB・Hへ下るIII 隊と別れる。C2への荷上げに忘れた物を高林が上に届けに行く。4時頃OBの小田氏と坂さんが到着。間もなく高林も帰着する。空は満天の星空、下では大町、四ツ谷の灯がそれに答えるが如くまたたいていた。





page 1. 合宿概要・合宿報告 1/2
page 2. 合宿報告 2/2・検討・後記

also see : ギャラリー:五竜遠見尾根 1957-1983


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