tome VI - 合宿報告7


 

南アルプス仙丈岳

昭利48年度春季合宿
三品裕司


page 3/4 [行動記録]



3月24日(晴)

国鉄ストに備え出発を一日早める。学校に集合、残り物の買い出しを済ませバッキングをする。近くの飲食店で夕食をとり、新宿へ向う。新宿で一時解散。三品と藤森の2人を残して全員家へ帰る。この2人は家が遠いため、冬合宿の時も先発で出されたり、損ばかりしている。再び全員集合し、OBの方々に見送られつつ急行アルプス8号で新宿を出る。列車は比較的すいていた。

3月25目(晴)

辰野で飯田線の鈍行に乗換える。伊那北駅でバスが出るまで1時間ほど朝食を食べながら待つ。蒔田が許可なくシュラフカバーを出してくるま一たので、袋詰めの刑に処せられた。戸台でバッキングしなおし、橋本荘に計画書を提出する。吊橋をわたり堰堤で一本。横から入る小沢が凍って青氷になっている。アプローチの長い河原歩きが始まるが、この辺から高野のヒザがおかしくなり、三ツ石で一本とる。彼のヒザは合宿後オズグッドシュラッテル氏病と診断され、1年間山行を止められたが、この時はそんな事は解る故もなく、ムヒSを塗ると痛みが和ぐためムヒS氏病と呼んでいた。高野の団装のの一部を全員に分配する。昼飯を食べるあたりから前方に双児山-駒津峰と連なる稜線が見える。まだまだ遠い。丹渓山荘の手前で一本。斉藤が小キジを打った所の雪を藤森が食ったとか食わないとかで一騒動あった。

丹渓山荘の後ろから急登になり蒔田のぺ-スが遅くなる。八丁坂にかかる手前の小沢で全部のポリタンに水をっめる。河原にはほとんど雪がなく石がゴロゴロしていて歩きにかったが、この辺からかなりの積雪になってくる。八丁坂は予想していたほどきっくはなく、17回つづら折りを曲って東大平に登りつく。森林のあい間に幕営適地を探し出す。トレースははっきりっけられていてほとんどもぐらないが、道をはずすと15糎ほどもぐる。隊伍を組んで雪ふみをする。積雪は1米くらいあるだろうか。No.4に部長、OBが陣取り、現役はNo.5 に入る。新しい天幕は気持ちがよい。明日のCII設営に備え早々に寝る。

3月26日(晴後曇)

天幕を撤収し天気図を取ってから出発する。オーダーは昨日の通り蒔田、高野、藤森、三品、田辺、斉藤である。半ピッチで東大平東端のデポ地に到着。雪中より無事回収する。大平小屋を通過し北沢峠から右へ入る。今日も高野の調子が悪いので後から来させる事にする。斉藤が高野のザックも背負おうとしたが、さすがのバケモノ斉藤も2人分の重さには耐えられず、OBの方に背負っていただいた。2合目付近で尾根の左側に少々平担地があるのを見つけキャンプ地にする。樹林帯の中だから風もそう強くはないだろう。数日間ここにいすわるのでビニールシートの下に枝を敷きつめる。天幕分けは、No.4が斉藤、蒔囲、田辺、佐藤先輩、鈴木先輩。残りはNo.5。天幕の中で昼食を食べ、サブザックを持って小仙丈まで偵察に行く。トレースははっきりしているが、5合日のあたり等かなり急である。森林限界を越え小仙丈の雪壁にかかる。頂上からは仙丈岳が割合近く望まれた。ほんの30分ぐらいで行けそうな気がしたが、途中のナイフリッジは手強わそうである。ふとふり返ると大ギャップ、小ギャップを従えた鋸岳が印象的であった。風が強くなってきたがヤッケを着て完全装備に身を固め、アイゼンをつけて雪上訓練をする。新雪のようなへんな雪質で滑りにくくスリップストップがもう一つ決まらなかった。雪の固そうな所を選んでアイゼンワークの練習をするが、これとてズブズブともぐり込んでしまう。春山のせいか、陽気のせいか、夏合宿に剣沢の雪渓で腰にアザを作りながらやった雪上訓練とはずいぶん感じが違った。下りはシリセードで天幕まで一気に下る。

夕食の準備中、斉藤と田辺が北沢まで水をくみに行くがえらく時間がかかる。何でもアサヨ峰と栗沢ノ頭を見間違えていたためとんでもない方向へ下ってしまったとかで、それでも偵察のとき北沢峠の小屋に落した200円は拾って来だそうである。

ミーティングで、明日は2隊に分けず全員でアサヨ峰を往復することに決めた。それから高野はヒザの調子が思わしくないため留守番をすることになった。昨夜は痛みのため眠れなかったそうである。


3月27目(吹雪)

空には星一つ見えない。樹林の中だから風は全く感じられないが遠くから音だけが闘こえて来る。完全装備に身を固め、高野に留守をたのみ北沢峠へ向う。道は雪で埋っており、交代でトップになりラッセルをする。赤ハタを頼りに小沢の右岸を登り左岸へ渡り返した所で北沢小屋に着く。入口の雪を除雪して中に入る。三品と藤森が下の沢へ入ってポリタンに水をつめてくる。積雪季でも山で飲む水はうまい。小屋で一休みした後仙水峠へ向う。仙水峠は岩がゴロゴロしていてなかなか歩きにくい。仙水峠のような所を地理で岩塊流というのだが、ここは植生により岩が固定され、更に雨により岩を動かす主因であるシルト等の細かい物質が流されているので、もう岩の移動(といっても年数ミリから数糎だが)はなく化石化している。こういう地形を化石周氷河現象というのだ-等という事を考えているうちに栗沢ノ頭の急登にかかる。雪は深くいやな所だ。背後には甲斐駒がぼんやりと見える。樹林帯を出ると風が強くなりヤッケがバタバタいう。これでも雪山なら弱い方だ。アイゼンをつけ岩まじりのウインドクラストを登る。ガスが濃くなり見わたすかぎり白。その中を黒い影が動いて行く。栗沢ノ頭で一本とりテルモスの熱い紅茶を飲む。今朝出発まぎわに斉藤のテルモスが割れてしまい(アラジンのテルモスは安いせいか割れやすいような気がする。軽いため愛用者は多いが)分け前が少なくなる。

風は一向に弱まらず、おまけに雪までちらついて来たのでアサヨ峰は断念。ここから引き返す事にする。森林限界までアイゼンを効かして慎重に降りる。樹林に入ってからはシリセードで下る。北沢小屋へ戻り紅茶を飲んで一息つく。北沢峠からテント場までルート外の急斜面を一直線に登る。トップはスキーストックに頼って腰までもぐる中を進む。大声で高野を呼ぶが応答なし。きのう登ったトレースに出る所に赤ハタをつけ、一登りでテント場につく。高野が出迎えるが、約東の紅茶はコンロの上でまだ水であった。天気図を取った後今まで寝ていたそうである。ベンチレーターを締めたのであろうか、息苦しい夜を過す。気温が下がり何枚着込んでも寒かった。この分ならあすは晴れるだろう。

3月28目(快晴)

寒いだけあって今日は星がきれいだ。高野も調子を取り戻し参加する事になった。完全装備でアタックに出発する。きのうの吹雪で所によってはヒザ上までのラッセルになる。高野が遅れるが田辺が天気図を取るため隊が止まっている間に追いっく。日が登り、木々の間から甲斐駒、鋸岳がチラリチラリとみえる。2ピッチで小仙丈岳につく。雲海と高層雲にはさまれきゅう屈なながめだった2目前の偵察と比べ、なんとすばらしい展望であろう。北岳、甲斐駒、早川尾根、強いコントラスト、吹き上がる雪煙、そして行く手には仙丈へのナイフリッジが手に取るように見える。だれかがいった。「山岳写真家なんてのは、こんな目のために何日も粘るんだろうな。」

アイゼンをつけ仙丈へ向う。トレースは全くない。ヒザ頭、時にはモモまでのラッセルなので、トップを順々に代える。佐藤先輩にセカンドに入って頂き、ルートの取り方を指示してもらう。鈴木先輩の御自慢のピッケルニセシモン・グランツウォールでリッジの左側をバンバンたたき雪庇の有無を調べておられる。蒔田用ピッケルの取り換えたばかりのシャフトが、出発時に木に触れただけでポッキリいってしまったので、ここから佐藤先輩のと取り換えて頂く。小さなコブを越えた所で高野がツァッケをロンスパのヒモにからませて転倒、そのまま小仙丈カールヘ突っ込みそうになり、後の太田先輩が大いにあわてる。クラストした雪壁をアイゼンを効かして登り、1ピッチで頂上につく。マナスルの頂上みたいだ。ゴーグルを取ると正面の北岳がまぶしい。文字通り360度の大展望である。白峰三山を初め、早川尾根、アサヨ峰、昨日苦労した栗沢ノ頭、摩利支天を従えた甲斐駒岳、遠くは八ケ岳、奥秩父、下には伊那の町、直下にヤブ沢カール等、見あきる事がない。空はまっさおで黒いぐらいである。

テルモスの紅茶でノドをうるおしクズカステラを食べる。これは高野の家の近くでショートケーキに使うカステラの端を切り落した物を安く売っている店があるので、24食分ためておいてもらったのである。普段は犬のエサかなにかになるのだろうか。高野が買いに行った時店のオヤジさんはあきれた顔をしだそうである。

さて下山である。下りは自分の背の高さだけ傾斜がきつく見えるのでより緊張する。小仙丈の手前の小広い所でトカゲをし、又7合目でアイゼンを脱いだ後、今度はツェルトを敷いて大々的にトカゲをする。春山は天気さえよければポカポカとあたたかい。天幕場までシリセードで一気に下る。藤森は5合目の直角の曲り角を曲り切れず、そのままヤブ沢へっっこんだ。今日は斉藤、三品、藤森、田辺が水をくみに行く。昨日の赤ハタの所まで戻り、急斜面をシリセードで一気にと思ったら新雪でちっとも滑らなかった。天幕へ戻ると蒔田が腕によりをかけて下山パーティーの御馳走を作っていた。仙丈岳登頂成功を祝って遅くまでさわいだ。

3月29目(快晴)下山日にはもったいないくらい上天気であるが、しかたなくCIIを撤収し戸台へ向う。8丁坂を下り、凍って滑りやすい急坂を過ぎるともう丹渓山荘。ここで合宿は解散になる。4時のバスに乗る佐藤先輩と太田先輩を残し、他の者は1時のバスに乗るべく長い河原を歩き出す。後には雪煙の上がる駒津峰がいつまでも見えていた。



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page 2. 準備内容
page 3. 行動記録
page 4. 反省総括



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