tome VII - 合宿報告3


 

南アルプス全山縦走

昭和58年度夏季合宿
大塚 進


page 2/3 [行動記録・前半]

行動記録

7月22日(曇)

後発隊の中学生に見送られ、新宿7時30分発急行「こまがね1号」で出発した。梅雨はまだ明けておらず、前線による大雨で事故があり、途中駅伊那松島で20分の足止めをくらう。しかしバスとの接続には影響なく、伊那北駅からバスを乗り継ぎ15時32分、北沢峠に到着。文明の利器をフルに利用した結果、合宿初日の重いザックを背負って歩くのを免れた。着いた時間が時間だけに、良い天幕場は空いておらず、しかたなく、沢のそばに張った。



7月23日(雨後晴)

2時51分起床。3時50分には甲斐駒ケ岳アタックの準備は終わっていたものの、雨が強く、夜も明けていなかった為、天幕内に待機。雨は一向に弱まらず、そばの沢が増水するばかり。天幕の直前まで沢がせまった為、天幕を移動させ、その勢いで7時23分、出発した。雨がしとしと降る中を黙々と樹林帯を歩き、8時13分仙水峠で一本とる。雨の為皆口数は少ない。10分後再び樹林帯を行く。段々森林限界が近づき、ガレ場も多くなる。9時15分駒ツ峰に着き、15分の休憩。そこからは巨石が突き出た岩肌の道で、滑らないよう注意して進んだ。頂上が近づくにつれ、雨足も弱まり、頂上に着いた10時22分には、雨は上がっていた。昼食を食べ、11時下山を始める。11時40分駒ツ峰通過、天気が回復しそうなので、稜線沿いの双児山ルートを下る。12時日光の射す双児山に着く。このルートをとった時点でやぶ沢への天幕移動はあきらめていたので、そのまま40分程日光浴をしてから下り、1時25分、北沢峠に戻る。

7月24日(雨後晴)

2時40分起床。4時仙丈ケ岳に向けて出発。日の出前なので、懐中電灯を点けて歩く。5時頃、雨が降り始めたので雨具をつける。小仙丈ルートをとったが、樹林帯を抜けると雨風が激しく、フードが役に立たない。目を開いているのも容易ではなく、しかもガスっていたので何処が小仙丈なのかわからないうちに8時30分仙丈の頂上に着いた。しかし展望はなく、雨風が一層強まったので早々に切り上げ両俣を目指す。下りは逆風で、大仙丈辺りで大塚がその風にあおられバランスを失い、岩につまづいて倒れ、左中指を負傷した。指のつけ根を5汳切っている。しかし雨風を避ける所がないので、その場で応急処置をし、30分程費やす。一本で風の弱い所まで行き、まともな手当を施す。花畑を通って樹林帯に入る頃になると雨足も弱まり、野呂川越えに着いた2時25分には雨は上がり、晴れ間がのぞいた。3時30分、両俣にやっと着く。前日もそうだったが、天幕場に着くと晴れてくれるおかげで、寝る時には既に雨具は乾いている。小屋の人に「左俣は増水していて通れない。」と言われ、翌日の行動を仙塩尾根ルートに変更してから寝た。

7月25日(雨後晴)

3時05分起床。5時20分出発。小雨が降っていたが、さすがに我々ももう、雨には慣れ、気にならなくなった。なだらかな樹林帯を進み、森林限界が近づいた8時30分頃、雨が強くなったので雨具をつける。三峰岳直下の岩場の急坂を登り切り、9時30分、三峰岳に着く。雨足が強いのと、農鳥へ行ってから熊の平へ行くのは疲れる、ということで、翌日の地獄のアタックを覚悟して、熊の平に下る。11時、熊の平に着いたが、たいした雨でもないのに他のパーティが停滞していて天幕場は混んでいた。明日の為に夕食まで寝っころがっていたので、晴れて農鳥岳が見えたことなど露知らず、幕営料集金のおじさんに聞いて初めて知った。



7月26日(曇後晴)

3時20分起床。4時25分、コースタイム14時間の白根三山アタック開始。雨は降っていなかったがどうせ降るだろう、と悲観的に考え、着慣れた雨具をつけて行く。5時25分、三峰岳着。ガスで展望はない。そこから間ノ岳まではガスとガレ場の変わりばえのしない道で、間ノ岳に着いたのは6時である。20分後、北岳山荘を目指す。間ノ岳・北岳間の稜線はガスが濃く、雨が降ってもいないのに雨具は湿っていた。6時50分中白根を通過し、7時、北岳山荘に着く。「連絡は一日遅れたが計画は予定通り」と下界の中学生に電話し、7時30分北岳山荘を後にする。お花畑をその良さも分からぬまま通過し、8時23分北岳に立っ。展望はない。苦労して登ったのに、「北岳3192・4メートル」の標識と強風だけの出迎えとは……。寒いので早々に切り上げ、来た道を戻る。今度は山荘にも寄らず、一本で間ノ岳へ。途中中白根を過ぎた辺りからガスが晴れ、間ノ岳上空には稜線では今合宿初の青空が広がる。11時、農鳥小屋に着き、軽く昼食をとる。12時30分農鳥岳着、今合宿初の展望を得る。この瞬間今までの苦労は吹き飛び、至福感が心を覆う。が、北岳や仙丈が見えるのは、向うも晴れて展望があるということであり、それを考えるとなんとなく妬ましく思う。

展望を満喫した後、熊の平に向かう。農鳥小屋を少し過ぎたところから出ているガレ場のトラバースルートを行き、途中大井川源泉でおいしい水を飲み、15時30分、11時間ぶりに天幕に戻る。実質9時間のロングアタック、本当に良く歩いた。

7月27日(晴一時雨)

3時5分起床。4時45分出発。中学生のB隊より先に三伏に着こうと足早に樹林帯を抜ける。前年の台風10号の為北荒川岳付近は道は二年前とは異なり、ガレ場やお花畑は通らず、下草に足をとられそうなはっきりしない道で、7時25分、いきなり北荒川岳の三角点に出た。その頃は、まだ青空の中に塩見岳はあったが、近づくにつれ暗雲が広がり、ついに北俣岳の急坂辺りから雨が降り始める。9時35分、塩見岳に登頂したものの、またもや展望は全くない。40分で昼食をとった後、下り始める。下り始めて10分、雨は止んでしまった。無性に腹立たしい。蒸し暑い樹林帯を抜け12時34分、本谷山着。中学生の登ってくる尾根を見て歩く意欲が湧いてきた。が、前途多難とは正にこのことである。本谷山・三伏峠キャンプ場間は倒木だらけ。ザックを背負ったまま跨ぐ、くぐる、飛びこえる、のフィールドアスレチック。1時30分、やっとの思いで三伏に着く。設営の終了とともに合宿の前半は終わった。

15時10分、夕立ちとともに中学生が到着、後半戦の始まりである。夕食時、キャンプ場を流れる沢でくんだ水を飲んだ数人が、腹痛を訴えたが、大事にはいたらなかった。飲水にはくれぐれも注意されたい。



7月28日(快晴)

B隊は4時起床、体調の優れない金沢を置いて、小田をリーダーに5時20分塩見岳ヘアタック開始。A隊から翌日下る岩城氏が特別参加。13時50分、戻ってくる。残りは休養。各自好き好きに過ごす。



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