tome VII - 合宿報告3


 

南アルプス全山縦走

昭和58年度夏季合宿
大塚 進


page 3/3 [行動記録後半・反省]

行動記録

7月29日(快晴)

3時起床、5時出発。中一中二は三伏峠から塩川小屋へ下山。本隊は南下を続ける。烏帽子岳では見事な展望があり、今日迄歩いて来た仙丈岳・塩見岳などが見渡せた。小河内岳までは見晴らしが良く、気持ちの良い稜線歩きであったが、小河内岳より先は樹林帯で風も無く、蒸し暑かった。晴れたのがかえって恨めしい。高山裏露営地には11時30分に着いたが、そこは避難小屋を少し下った所で、わかりづらい場所だった。午後は特にしなければならないことも無く、日向ぽっこなどして、のんびり過ごす。



7月28日(快晴)

B隊は4時起床、体調の優れない金沢を置いて、小田をリーダーに5時20分塩見岳ヘアタック開始。A隊から翌日下る岩城氏が特別参加。13時50分、戻ってくる。残りは休養。各自好き好きに過ごす。

7月30日(晴一時曇)

3時起床、4時45分出発。二本で前岳まで行ったが、前岳の登りはガレ場の急坂で、見た目は近く感じるのだがジグザグに登るので、行けども行けども景色は変わらず、イラつき、精神的に疲れた。それだけに稜線に出た時は嬉しかった。7時15分、前岳着。30分程休んでコルに荷物を置き、悪沢岳へ向かう。山頂に着く前に曇ってしまい、8時50分悪沢岳に着いたものの展望は無かった。少しすると明るくなってきたので、晴れるのでは!と思い、粘ること一時間、結局晴れず、仕方なくコルに戻り、一気に荒川小屋へ下る。11時40分に荒川小屋に着いてしまい、この日も午後をのんびり過ごした。



7月31日(曇後晴)

3時起床、4時45分出発。曇っていて肌寒い。登れば登る程風が強くなり、寒さも増した。小赤石岳を越えるといよいよ風は強くなり、寒さに我慢出来ず、ヤッケを着る者も出る。7時10分、赤石岳登頂。相変わらず寒く、真夏なのに石油コンロをたき、ホットゲータレートを飲む。時間に余裕があったので、展望が開けるのを待ったが、寒さに負け、8時20分腰を上げ、下り始める。百間平辺りに来ると、にわかに晴れ出し、赤石岳や聖岳が見えてきたので1時間の大休止。赤石岳や聖岳、遠くに仙丈岳も見えたので喜んだ半面、もう少し山頂で粘るべきだった、と後悔もした。そこから百間洞まではわずか30分、10時30分に着いてしまった。こうなると「のんびり」ではなく、「退屈な午後」である。山に来て「退屈」とは、賛沢な話しである。



8月1日(雨)

3時起床。合宿後半になって初めての雨である。30分で朝食をすませ、雨が弱まるまで天幕内に待機。5時過ぎに弱まったので雨具をつけ、撤集、。パッキング。6時に出発した。大沢岳頂上辺りに来ると降りが強くなり、雨に慣れぬ中学生は意気消沈してしまった。弱まることを知らぬ雨、及びペースが遅くなったことにより、聖岳を越え、聖平へ行くのは断念し、やむなく兎岳避難小屋に天幕を張る。水は避難小屋の屋根から落ちる天水を利用した。

8月2日(快晴)

2時55分起床。観天望気をしてびっくり、雨と思いきや何と満天の星空である。落ち込んでいた気分も吹き飛び、前日の遅れをとり戻そうとやる気満々である。4時45分出発。眼下には雲海が広がっている。6時30分、聖岳着。荷物を置いて奥聖へ向かう。6時50分奥聖者。雲で見え隠れする荒川三山や赤石岳を見ながら昼食をとる。40分後聖平に向けて発つ。9時、前日の目的地聖平に到着。なかなか良い所だ。ここで一泊したかった。天水の入っていたポリタンクの水をつめかえ、出発。水エンジンを持つといわれる中三が、聖平で水を飲んだおかげで大いにハッスルし、11時15分、上河内岳着。30分の休憩の後、茶臼小屋目指して出発。途中のお花畑で子鹿に会い、気分は最高、と言いたいものの、食料の軽量化による空腹感で、余り気分はのらない。13時茶臼小屋に着く。ここまで来れば、予備日はもう必要ないので、空腹感に耐えきれず、予備食のポップコーンを食べる。



8月3日(晴)

3時起床、4特出発。4時20分茶臼岳山頂。どのパーティも日の出を見ようと集まっている。東の空は明るいのだが、なかなか太陽は昇ってこない。西の空は暗く、黒々とした山々の間には雲が立ち込め、さながら墨絵の世界のように美しかった。40分吹きさらしで寒い思いをしたが、5時ジャスト、目映い御来光を得る。太陽が出きると、光岳目指して出発。何も見えぬ樹林帯を進み、6時30分易老岳着。木ばかりで展望はなく、良いところとはとても言えない。一休みしただけですぐ出発。相変わらずの樹林帯にうんざりした頃、急に視界が開け、夏の日射しが降り注ぐ草原、センジュガ原に出る。いいところだ、と思いつつ歩いていると、再び樹林帯へ。しばらく行くと、何も見えないところに光岳の標識が……(8時30分)。こんな馬鹿な、と思い、少し進むと展望が開けたのでホッとした。少し休んだ後イザルヶ岳へ行った。余りいい所なので、つい1時間半もの長居をしてしまった。イザルヶ岳を11時に出て、来た道を戻る。途中仁田岳へ寄ったが、既にガスっていて展望はなく、往きに寄るべきだった、と皆後悔した。14時30分天幕場に戻ってくる。肉体的疲労より精神的疲労の激しいアタックであった。

8月4日(快晴)

2時50分起床。畑薙第一ダムのバス停に一番に到着しよう、と皆気合を入れ、1時間25分で撤集とパッキングを終え4時15分出発。今年の中三は最終日になると速くなる、と言われていたが、この日も定評通りの力を発揮、もの凄いスピードで下り始める。コースタイム2時間のところを1時間で下り、5時15分、横窪沢小屋に着く。ウソッコ沢小屋へ行く途中、今合宿初めて他のパーティに抜かれてしまった。最後のヤレヤレ峠の100。程の登りをなんとか登ると、畑薙大吊橋が見えてくる。ゴールは近い。畑薙大吊橋は全員が渡りきるのに、14分要した。もうバス停までは林道。もの凄い早歩きになり、先程の。パーティを抜きかえし、8時20分、一番でバス停に到着。ついに13泊14日の合宿も終わった。バス・大井川鉄道・東海道線を乗り継ぎ、東京へ帰る。



反省

  • 中一・中二は体力面は問題ないが、天幕内の生活が今一つ。特に個人装備整理ができていない。しかし山行を積み重ねることで、解消されよう。
  • 中三はまず、水が無くてもしっかり歩ける体を作らなければならない。次期リーダーの金沢はもっと毅然とすること。他の三人はリーダー学年としての自覚を持って、下級生に接すること。
  • 高二はもっと中三に自分達の持つ、山の知識を授けるべきであった。

以上、細々とした反省はあるものの、合宿の最大目標・南アルプス全山縦走は成し遂げたのだから、十分満足出来る合宿であったと思う。 (昭和60年卒)



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page 3. 行動記録後半・反省

1983年度活動記録も併せてご覧下さい。



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