tome VIII - 合宿報告1


 

燕岳

昭和61年度春季合宿
岡本 光


page 2/2 [行動記録・反省]

行動記録

12月22日(晴)

新宿発の夜行列車で出発。今回ゲストとして来てくださった及川さんは天幕や食料等の装備も持参されており、私たちのサポートのために来てくださっているのであろうと思うと、とてもありがたく思った。


12月23日(晴)

有明駅からタクシーで第三発電所まで行く。そこから先は冬でなければタクシーで通れるであろう林道を5時間程歩く。坂というような坂はなく、ただゆるやかなくねくねとした林道である。雪はほとんどなく快晴であり合宿はこれからという感じであった。中房温泉に到着し天幕を張った。

<気象> 天気は非常によく雲もほとんどなく快晴だった。




12月24日(晴・曇)

天気は相変わらず良く、積雪もほとんどない道を登っていった。坂は急でなかなかきついものだった。第一ベンチ、第二ベンチ、第三ベンチ、富士見ベンチと約1時間間隔で休みをとりながら順調に進んだ。第二ベンチのあたりからは雪の量が多く、ラッセルしながら登っていくことになる。今合宿では燕岳山頂は合戦小屋からのアタックである。合戦小屋に到着したのは正午前であった。天幕を設営しお茶を飲んだ後、時間に余裕があり天候も良いので燕岳アタックを開始した。合戦沢の頭のあたりから強い風が吹いていたが、雪が軽く積もり上部だけ固くなっている状態で非常に歩きやすかった。燕山荘前に到着したのは午後4時前であり、燕岳山頂へは予定通り明日登ろうということになった。合戦小屋へ戻る道では日は暮れつつあり、夜景と槍のシルエットがとても美しかった。

<気象> 午前中は晴だったがアタックへ行く頃に天気が崩れ曇ってしまった。




ちょびっと槍が見える。


12月25日(曇・雪)

明るくなるのを待ち7時20分に出発した。昨日通ったルートを通り稜線に出る。天候は悪かったが槍が見えた。ペースは良く、2時間程で燕岳山頂に到着した。さすがに稜線の風は強く、地面は凍っており、少し恐かった。山頂では寒さと風のため長い休憩はとらず戻った。偵察山行で天幕を張った燕山荘の周囲は雪で埋もれ小屋の周囲も凍りついており、その変化は視覚的におもしろかった。12時過ぎには合戦小屋に戻ってしまったので、午後はフリーであった。昼寝や雪合戦をして過ごし、とても合宿とは思えない雰囲気であった。

<気象> 低気圧が日本海側に来たので天気が悪く雪が降りまくった。

風もやや強く視界もあまり良くなかった。








12月26日(晴・曇)

中房温泉からの林道を考えるとつらくなったが下山を開始した。ワカンをつけて雪道を下っていく。楽な行程であり順調に中房温泉に到着、温泉につかった。気持ちが良かったが、そこからまた登山靴をはいて林道を歩くのは精神的に疲れるものであった。3時間半で第三発電所のゲートに到着し冬合宿は終了した。

<気象> 天気はやや曇っていた。





反省

反省点としてあげられることは、まず基本的な技量のなさがこのような中途半端な(?)合宿の計画をせざるを得ない状態をつくりだしたことである。

結果的には天候や積雪状態が良好であったため、余裕がありすぎる合宿となってしまった。何よりも最後の冬合宿であった山中さんが満足できたか疑問である。しかし指導する側にとっては稜線でアイゼンを引掛けてころぶ馬鹿はいないか心配されるものだったであろう。この信頼のなさを回復させるだけの努力が現役には必要なのであろうが、部の存続が不安視され続ける現在までさらに技量の低下は続いてしまっている。

合宿自体は成功であったと言える。天候にも恵まれ日程を計画どおりこなした。またアタックではあったが冬季の北アルプスの稜線を体験することもできた。ただ燕岳登頂の日の天候が悪く展望が楽しめなかったことが残念だった。(平成元年卒)



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page 2. 行動記録・反省


1986年度活動記録も併せてご覧下さい。



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