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■ 2006年度 春合宿 奥秩父    野本 勇  [2007/3/30]

笠取山から飛竜山経由丹波へ

毎回の事で、疲れるのですが、春合宿の計画を立てさせたのは、2月に入ってすぐにですが、最終準備会(3月20日)の時でも未完の計画書でした。何回いってもコース上の地図は入っていないし、エスケープルートについても記入されていないし、食糧についても不満足なものでした。試験休み中に普通は、食糧の買い出し、コースの確認、それぞれ参加者の体調を見て荷物分担の決定等、やることは山ほどあるはずなのですが、私が部室をのぞいてみても、上級生のうち誰かしらいない状態です。これまで大きな合宿を行ったことがなく、何時も数日の合宿だけなので前日準備すれば済んでしまう事からのようです。長期の合宿を経験させないと言葉だけでは理解しきれない難しい問題と思いました。

冬合宿の時に、高1と中1では体力差が大きいので、別々の合宿になりましたが、今回は全員が一緒に行ける場所として計画を立てさせました。メインは、高1が中1のサポートをすることで、雪の少ないところ、軽アイゼンで十分なところを探させました。奥多摩の雲取山が適当ですが、中3以上は昨年も行っており、物足りなさがあります。金峰山まで行くと中1には少し難しすぎるので、その中間的な場所で天候が悪くてもいける笠取山周辺に決定しました。

今回も、2泊3日なので、上級生には準備不足でも何とかなる日程とコースなので、つい自分の都合に合わせて準備をおろそかにしている面も見受けられました。

それでも、11名の参加があり久しぶりにテントが3張りとなりました。

今年は、暖冬で雪が少ないということでしたが、数日前から寒気団が入り、気温が低い状態で一度解けた雪が凍り付きスリップの危険性が増しているとの山小屋からの警告がありました。雪がほとんどなければ、笠取山から雁坂峠を越えて甲武信岳のルートも考慮しました。今から思えば、こちらのコースの方が稜線を歩きなので安全にコースタイム通りにいけたかと思えました。

21日 朝、塩山駅集合でタクシーで作場平へ、途中の道が整備されてよくなっていましたが、峠を越えるあたりからカーブが多く、生徒にはつらかったようです。途中ほとんど雪がなく沢沿いにほんの少し凍った雪が残っている程度でした。

作場平
元気よく 出発

出発前の準備運動を終えてから、快調に何の問題もなく笠取小屋へ。以前もそうでしたが小屋の手前の水場で、始めての人には、小屋までの距離が分からず(小屋も陰に隠れて見えない) 時間的に休憩を取りたいのですが、少し大きな声を出して天幕場までいかせました。

天幕場
傘が岳方面をのぞく

テント設営後、私と藤森で傘が岳方面の偵察に行き雪の状態を確認しました。前回の山行より雪は少ないのですが、足下が凍り付いていました。天幕場に戻ると、元気のよい子どもたちですから、大きな雪だるまが出来ており、少ない雪の上を走り回っておりました。元気でいいですね。

4時過ぎには、夕食を終えて明日の行動を確認して6時には就寝につきました。

22日 朝、4時起床で5時には 撤収を始めました。荷物も少なく、天気もよかったので6時過ぎには、出発の体制が整いましたが、実際に歩き始めたのはかなり時間がたってからでした。

朝の風景
雪を踏みしめて

朝の冷え込みで、前日ぬかるんでいた道が適度に凍り付いていたので、足下の汚れを気にせず、道のでこぼこで滑らずに快調に歩を進めました。 途中で何回か立ち止まるので、何事かと思いきや、靴ひもが解けたので、締め直しで立ち止まりました。体がほぐれてきた頃、笠取山頂上直下の急登に一汗をかいて頂上へ、登り切ったところで一休み。みんなはここが頂上と思っていたようでしたが、実際の頂上はもう少し先なのですが、見晴らしがよくないので立ち止まらずに通過です。

笠取の頂上を目指して
頂上手前のピークから

実際の頂上
頂上をすぎると、岩と雪面が出て、アイゼンの装着と取り外し、危なそうな箇所の通過に時間を取られ、予定の時刻よりわずかに上回って唐松尾山に到着。休息後今日のテント場でもある将監小屋へ。テントを設営していると、営林署の方が見られた。(ここまでは車で来れる)
笠取小屋からここまで、事前のコースチェックで蒔き道は、雪が多くて通行止めと聞いていたので、巻き道を通らずに稜線を通ってきたのですが、実際にはこの冬に何カ所か崖崩れがあって、登山道が通れなくなっているとの事でした。


唐松尾山頂上
将監小屋前の天幕場

天気もよく、昼寝の後夕食は外で。中1の飯塚君が気分がすぐれず食欲がないとの事でしたので、話を聞くと夕食の準備にテント内でコンロを使用して、酸欠状態と本日の行動で岩・雪での緊張状態が続いた影響が現れたようでした。今晩は、テントの中心で寝かせ、ともかく体を暖かくするように指示しました。次の朝には、元気になっており一安心しました。

朝の天幕場
登山道での休憩

23日 朝4時起床で6時前には撤収を終えて出発出来ましたのて、少しは進歩したようです。歩き始めてすぐに、今日も靴ひもの結わえ直しで時間がかかり先に進めませんでした。また、今日は巻き道を通るので、北斜面に入るとアイスバーンで、アイゼンの取り付け、取り外し、アイゼンの付け直し等で、なかなか先に進みません。しかし、昨年の夏は天候に恵まれず合宿らしいことがなかったので、それを考えれば久しぶりの(低学年は靴ひもをしっかりと結べないものです)合宿山行ですので、仕方のないものです。

飛龍山直下の巻き道は、北斜面になるので、再度アイゼンをチェックして、最後の登りに一汗かきました。時間的に少し遅かったのですが、ここからは駅まで下りだし、滅多に飛龍山にはこないので、往復40分近くかかるのですが、頂上まで往復することにしました。

飛龍山への巻き道
飛竜山頂上

ここで、最新の地図の欠点をしりました。私が持っている20年ほど前の地図と、最新の地図ではコースタイムがだいぶ違うのです。新しい地図はコースタイムが短く(地図制作者の歩くスタイルが変わった)なっていることです。メリットとして、夏などの無雪期に実際に歩く時間との差が少なくなっており(逆にコースタイムを切って歩くことが出来なくなった)計画がしやすくなりました。大人数で歩くときや、今回のように雪のある時は注意をしないと、十分に時間を取ったつもりでも、時間内に目的地までたどり着かなくなることが分かりました。

最後の休憩 ?
丹波のバス停

飛竜の分岐で十分に休憩を取ってから、下山を始めましたが、前飛龍山まで、コースタイムの倍近く掛かり、予定のバス停に4時前にたどり着くか少々焦り始めました。その後も道はよいのですが、所々道が崩れており、慎重に歩いたので、地図上のコースタイムより時間がかかりました。町並みが見え始めた頃、数人の歩みがとまってしまった。バス停にたどり着くまで、懐中電灯の必要性はありませんでしたが、日が落ち暗くなってしまいました。

前回、同じコースをたどったときも最終日結構時間がかかりましたが、コース上の問題は何も感じませんでしたが、今回道が至るところで崩壊しており、このコースは進められないことを実感しました。

野本 勇



■ 2006年度 冬合宿A班 奥多摩    野本 勇  [2006/12/24]

06年度、冬合宿を無事(?)終えて帰ってきました

今年度の、冬合宿は、高1の藤森を中心に冬山を考えていましたが、中一には少々無理が生じるのと、中一にあわせたのでは、高1の力がつかないので、高1と中1の2本立てを考えました。もちろん中3は高1と一緒に行動してほしいと思っていましたが、半々になりました。そこで、中3の生徒に 中1の合宿計画書を作らせましたが、出来たのが出発する前日ということになりました。どこに行くのかは、だいぶ前に伝えてありましたので、準備そのものは滞りなくできました。が、数年前から。計画書は早めに、ということを徹底して指導してきたつもりです。代が変わると元の木阿弥で疲れます。麻布の生徒はよい習慣は継続されないのですかね。詰まらんことはすぐに継続されるのに

21日、朝から曇りがちでしたが、集合場所の奥多摩駅に電車に乗り遅れた生徒(もちろんバスの発車時間までにはきました)をのぞいて集合 細かな時間は生徒から報告があると思います。

元気に、東日原を出発し木漏れ日の中をのんびりと一杯水の避難小屋に向けて進みました。

もう少しで、つくと思いきやなかなか着かずに2時過ぎになりました。疲れた体に鞭を打って三ヶドッヶの頂上へアタックし、小屋で夕食としました。平日でもあり他の登山客は訪れずのんびりと小屋泊まりが出来ました。


22日、この日も薄曇りでぱっとしない天気でしたが、気温も高く登山日和でしたが、小屋を出発して、1時間ほど歩いたときにアクシデントがありました。尾根の巻き道を歩いているときに中1のW君が道を踏み外して崖から5〜10メートルほど滑り落ちてしまいました。幸いにして、笹藪と樹木がまばらに生えているところで、途中の木で止まり、事なきを得ましたが一歩間違えれば大惨事になるところでした。途中の崖では注意していたのですが、もうすぐ、そば粒山だし、崖に藪が出てきてほっとしたところでした。山ではどこにでも危険があると言うことに身をもって知らされました。

8時ごろ頂上にたどり着き、時間も早いので次の川のり山を目指しました。

川のり山(写真右)でお汁粉とラーメンを食べて鳩ノ巣駅へ 鳩ノ巣駅3時30に解散しました


今回、全体的に天気もよく、中1の生徒諸君にとっては少し厳しい山行になったと思います。今回の経験を元に次に生かして欲しいと思います。

野本 勇



■ 2006年度 夏中学合宿(金峰山)   野本 勇  [2006/8/23]

毎年、私個人のトレーニングをかねて 中1を誘って山登りをおこなっていますが、今年は、4月から入部してくれたので、中学生を中心とした山行を計画し、合宿としました。

中学生で、自分の力で登れて、それなりに楽しめる山として、金峰山・みずがき山を計画させました。計画書は夏の北アルプスの計画書をそのままという感じもしますが、初めは物まねからといいますのでよしとしました。

夏休みに入ってから、3回ほど打ち合わせをしていく中で、都合が悪かったり、直前にけがをしたりで、最初の10名近くから最終的に7名になりました。


8月20日(日)11時30 みずがき山荘に着。 天気は曇り空だが風がないので、非常に蒸し暑かった。 下記写真左はは 中1の3人です


1時間ほど歩いて、富士見平につく頃には、汗でびっしょりに・・・・

またガスが出始めて、誰が雨男か話題になりました

のんびりした後、夕食づくりですが、私がテントから出てみるとなにやら怪しげなこと(写真上右)をしておりました。内容は省くことにして・・・ 中3の生徒諸君がほとんど調理をしたことが無いことが判明し(もちろん中1も)、ご飯を炊くのに1時間以上もかかったのに、米が生ぽっかったのには、驚きました。

夜半から雷がなりだし少し不安の中就寝へ

21日、朝からどんよりとした天気でしたが、6時10分ほどには出発しました(下記写真 左)が、リーダーの荒川君の様子が変で吐き気があるとのことで、大日岩の小屋で休むように指示しました。ほとんどの中学生は岩場が初めてらしく、おぼつかない足取りで頂上にたどり着きましたが、ガスで周りの景色は何も見えませんでした。


頂上の写真

思ったより、時間をかけて天幕へ

このころから、雨がぱらぱらと、夜中には雷が近くで聞こえていました。

朝方には、かなり雨がひどく 中3の生徒は、気が滅入ったようです。

22日の 朝4時頃まで、雨がやんだり降ったりで、4時30分起床の6時(このころにはすっかり雨はやみました)にみずがき山への登山を計画していたのですが、バスの時刻も気になるので、テントを撤収して下山しました。

今回、中学生が初めての計画で、今年の夏の合宿で始めて山らしい金峰山に登れたので 良い経験になったのかと思います。

野本 勇



■ 2006年度 夏合宿(上高地、徳沢)   野本 勇  [2006/7/28]

雨に負けました

今回の合宿は、ここ数年の中では計画書および事前の準備が良くできたと思います。6月から、夏の合宿に向けて、計画書および準備が進み、中一のためにテント生活の練習をかねて大菩薩への山行も計画し実行しました。残念ながら、大菩薩は雨の中幾つかアクシデントがあり登頂は出来ませんでした。

その後、日程的に都合の悪い数人をのぞいて、AB班に分かれて、上高地(横尾)・蝶ガ岳・常念岳(中学生下山)・槍が岳・上高地へ という高1らしいルートで計画されました。

いよいよ、テストも終わり、最終的な準備に入ったところで、例年なら梅雨が明ける頃なのですが、九州地方・長野地方で大雨となり土砂災害が各地で発生している状況でした。

上高地も大雨で、登山道の一部が寸断され、バスも運休しているとの情報で計画を見直すかどうかの判断に入りましたが。計画書が出来、それに併せて準備も終わってしまっているのでもう少し様子を見ることにしました。

最終準備で、常念岳より下りの沢が土砂崩れで通行が難しいとの情報が入り、天気予報も当分梅雨空で大雨の可能性もあるので、計画を変更せざる得なくなりました。天気の回復を願って、予備日(26日)を用いれば良いので、日程を遅らせ(26・27日まで)、蝶が岳(A班)から常念岳をピストン(B班)、で槍が岳は中止にしました。ところが、予備日であるはずの26日に予定を入れてあるという生徒が多く(何のための予備日か)、参加が出来ない生徒が出てしまった。結果的には、高1・1名、中3・3名、中1・2名に野本・増子の計8名になり、リーダーである藤森君が気力がだいぶ薄れてしまったのと、野本は歳のせいか、前日の長野豪雨で、何人かの犠牲者が出ている中で山登りなどしていて、いいのかと思ってしまい、やはり気力を欠いてしまった。

23日 午後10時に新宿バスターミナルに着くと、中1の父母が見送りに来ておりまして、天候の関係で26日には、下山する方向であると告げて出発しました。

途中、岡谷をすぎたあたりから、雨が強くなり、上高地に着く頃には、かなり激しい雨でした。途中の沢は濁流で登頂は難しいかなと感じるほどでした。(30数年間の中で一番ひどいかな)


24日 朝 6時にバスセンターに着き、登山計画書を提出させながら状況を聞いたところによると、常念岳の下りの一の沢は林道が寸断されていて通行止め(復旧は何時になるか見通しが立たない状態)・横尾までの登山道は何カ所かで道が崩れたが、随時復旧中で気をつけて通ってくださいとの注意を受けました。夏休みだというのに、観光客もまばらでした。

歩き始めても、雨はいっこうにやむ気配もなく、瞬く間に、ザックカバーをしているにもかかわらずザックがぬれるほどでした。明神で少し休憩してから徳沢へ。途中何カ所か、新しい崖崩れ後、沢の氾濫による道の崩壊箇所に出会い、ますます登山する気力が失いました。結局徳沢で、後から遅れてくる増子先生を待つことにし、テント設営し待機。山小屋の人か、食事等の準備に食堂の前、食べるだけなら食堂の中のテーブルを使っても良いとの指示を受け、助かりました。

雨のテント生活に、なれないと見えて、さすがにシュラフを濡らしてはいませんでしたが、かなりの私物を濡らした状態で、あと2泊はしんどいかな。

その日は、結局雨は一度もやまず、明日の天気は午後からはれるという期待を込めて就寝しました。夜中目が覚めると、風はありませんでしたが、豪雨で沢が氾濫しないか心配でした。

25日、朝6時の時点で雨がやまずもう少し様子を見ることにしました。
結局10時頃になって雨がやみ晴れ間ものぞいてきましたが、明神・横尾間の左岸が一部崩壊して通行止めとなり、上高地方面には右岸を通るように連絡が入りました。ここで中3の生徒諸君が、すっかり落ち込み蝶が岳へのピストンを含めての行動には時間が足りないということ。再度雨が降った場合に、上高地から出られなくなる可能性もあるので、ひとまず上高地まで降りることにしました。結局中3と増子先生はどんなに遅くても良いから今日中に帰るという判断になり、高1と中1は、このまま帰るには忍びないので、小梨平でもう一泊し朝一番で帰ることにしました。

中3が帰った後、上高地周辺を散策しました。途中の散策コースもかなり損傷していました。

26日、朝5時30分頃起床し、中1に撤収までの流れを経験させ、次回の中学山行を楽しみに青空のもと下山しました。

野本 勇



■ 2006年度 4月オープン山行 高尾山    野本 勇  [2006/4/23]

新学期が、はじまり今年のクラブ活動が動き出しました

今年は、ここ数年では珍しく、入学した生徒から、山岳部に入りたいのですがと、声をかけられました。
藤森君に、3月中から 山岳部の宣伝をするようにと指導したのが良かったかと思います。そこで、準備期間が短くても 登れる山として、本日(23日)高尾山に行ってきました。

あさ、のんびりと高尾山口に9時集合で一年生 3人を含む10人ほどが集まりました。最初の予定では、高尾山頂上から城山を通ってバスで高尾に戻る予定でしたが、1年生が楽しめるように、天気も考慮して、頂上で昼飯をのんびりと作り、早めに下山するように計画を変更させました。

左 琵琶滝で 右4号路の 吊り橋 で 今回の参加メンバーです。 11時頃には頂上に着きましたが込んでいたので、その先の展望台近くまで移動し、昼食にしました

左 頂上で 記念写真 右は 今年参加した1年生で 写真左から2人目 沖田君 真ん中で座っているのが渡辺君 右たっているのが飯塚君です。

みんなが、昼食が終わった頃、今回の目玉(中一君へのごちそう)である、豚汁が出来上がりました 写真の手は、部長である藤森君

麻布生です、上級生は山の上でも部長が飯づくりをしている間でも、読書・・・

雨がぽつぽつ降っていましたが、12時には下山を始めて、高尾山口で2時には解散しました。

次回は、文化祭あけの5月に 中央沿線の山に行くことを指示し帰宅しました。

野本 勇

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